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夢見るグリアの酸性化 てんかん病態時に酸性化が増強する

【本学研究者情報】

〇生命科学研究科 教授 松井広
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • マウス脳内環境を光ファイバーで読み出したところ、レム睡眠注1時に生じる様々な環境変化のうち、視床下部注2グリア細胞注3が酸性化することを新たに発見しました。
  • グリア細胞や血管は、神経細胞と協調して、睡眠等の脳機能変化を担うことが示唆されました。
  • てんかん注4発作が生じやすい状態では、レム睡眠時の酸性化が強化されました。
  • レム睡眠時の脳内環境を計測しててんかんの程度を診断し、グリア機能を操作することで、てんかんを制御する新たな治療戦略が開拓されることが期待されます

【概要】

私たちは、目を閉じて寝ている間でも、レム睡眠と呼ばれる特定の時期に夢を見ると言われており、レム睡眠時には脳内で特有の情報処理が行われていることが示唆されています。東北大学大学院生命科学研究科の生駒葉子助教、松井広教授(大学院医学系研究科兼任)らのグループは、レム睡眠時の視床下部の脳内環境の変化を調べました。蛍光センサータンパク質注5をグリア細胞のうちのアストロサイト注6に遺伝子発現させたマウスに細い光ファイバーを刺し入れ、光信号解析の新手法注7を使ったところ、レム睡眠にともない、視床下部アストロサイトが酸性化することが示されました。このような脳内環境変化は、レム睡眠時に特有の脳波変化に20秒近く先行するため、アストロサイトが神経機能に影響を与えることが示されました。また、海馬を電気的に刺激すると、てんかん様の発作が生じ、このような刺激を繰り返すと、てんかん様発作症状は悪化します。てんかん発作が生じやすい病態脳でのレム睡眠を調べると、アストロサイトがより強く酸性化するようになったことが分かりました。したがって、レム睡眠はてんかん発展度のバイオマーカーとして使える可能性があります。また、アストロサイトのpHを安定化するなどの方法で、てんかんの発展を予防する新たな治療戦略に結び付くことが期待されます。

本研究成果は、2023年3月3日付でBrain誌にオンライン掲載されました。

図1.レム睡眠時の視床下部アストロサイトの酸性化はてんかん病態時に強化された 実験動物のマウス脳深部の視床下部に光ファイバーを刺し入れ、蛍光波形を解析すると、レム睡眠にともない、アストロサイト内が酸性化することが明らかになりました。海馬に電気刺激を連日繰り返すとてんかん発作の生じやすい脳に変化します。このようなてんかん病態脳に変化した後、自発的に生じるレム睡眠を解析しました。その結果、レム睡眠にともなって、アストロサイトはより強く酸性化することが明らかになりました。レム睡眠時の脳内環境変動を解析することで、てんかんの発展度を診断し、アストロサイト酸性度を制御することでてんかん病態を治療する新戦略が開拓されることが期待されます。

【用語解説】

注1. レム睡眠:
急速眼球運動のことをレム(REM; Rapid Eye Movement)と呼びます。目を閉じて寝ている間に、まぶたの奥で眼球が急速に動く時期があります。レムが発生している時に起こすと、夢を見ていたと報告するヒトが多いため、レム睡眠中に過去の経験を記憶するものと忘れるものとに選り分けて、その過程で夢を見るという仮説が生まれました。このような機能を本当にレム睡眠が担っているかどうかは議論が分かれるものの、他の睡眠とは異なる特有の情報処理がレム睡眠中に行われていることは間違いないようです。このことを反映し、レム睡眠中の脳波の周波数においては、シータ波(6 - 9 Hz)が亢進し、デルタ波(1 - 4 Hz)が低下することが知られています。身体を支える筋肉は完全に弛緩することが知られており、筋電図はほぼ平坦になり、脳波と筋電図を合わせることで、レム睡眠が生じている時間帯を特定できます。

注2.視床下部:
間脳に位置し、内臓の働きや内分泌の働きを支配し、生命現象を司る自律神経系の中枢である脳の領域。体温調節やストレス応答、摂食行動や睡眠覚醒など多様な生理機能を管理し、脳内エネルギー代謝と深く関わります。従来、てんかん研究において視床下部はあまり注目されてきませんでしたが、当研究グループでは、視床下部のアストロサイトこそが、海馬で始まった神経発振を増幅するとともに、てんかんの増悪化・可塑性を導く可能性を挙げてきました。今回、レム睡眠にともない、視床下部のアストロサイトが酸性化し、てんかん病態時には、レム睡眠時アストロサイト酸性化が強化されることが示されました。

注3.グリア細胞:
脳を構成する細胞の種類で、神経細胞とは異なるものは総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は、脳の隙間を埋めるノリのような存在と考えられてきましたが、グリア細胞には脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。さらに、神経細胞とは異なる方法で、脳内情報処理に関わることも次々と明らかにされてきており、脳と心の機能におけるグリア細胞の役割に大きな注目が集まってきています。

注4.てんかん:
脳内で過剰な神経活動が発振すると痙攣発作を起こすことがあり、このような発作が繰り返し生じる慢性の神経疾患のことをてんかんと呼びます。日本人の1%はてんかんの有病者で、そのうちの65%の患者は薬で発作を抑えることが可能です。しかし根本的な治癒は、外科的に脳の責任部位を切除する方法だけであり、多くの患者は発作を抑えるために一生薬を飲み続ける必要があります。また、てんかんによる痙攣発作が繰り返されると、次第にてんかんが増悪化することも知られています。

注5.蛍光センサータンパク質:
細胞内の小分子を検出するために、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)等を人工的に改変して作製された蛍光タンパク質。今回、細胞内のCa2+やpHに応じて蛍光が変化するように設計されたセンサータンパク質を、人工的にアストロサイトに遺伝子発現させました。なお、当研究グループでは、脳内を張り巡らされた血管が収縮したり拡張したりすると、脳細胞に発現させた蛍光センサータンパク質から発せられる蛍光が影響を受けることを示してきました。したがって、蛍光センサータンパク質がセンス(検出)するように設計された少分子とは、直接の関係ない血流動態に、計測される蛍光値が変化することになります。また、例えば、Ca2+をセンスするように設計された蛍光センサータンパク質は、pHにも影響を受けることも明らかになっています。これらの影響を考慮に入れて初めて、脳内環境変動を正しく評価することができるようになります。

注6. アストロサイト:
グリア細胞は、大きく分けて、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトに分類されます。今回、アストロサイトに、蛍光センサータンパク質を特異的に遺伝子発現させました。アストロサイトは、神経細胞同士をつなぐシナプス結合部位とともに、脳内を張り巡らされた血管を取り囲む構造をしていることが知られています。本研究では、他のグリア細胞については検討せず、本リリースで、グリア細胞と表記されている箇所は、アストロサイトのことを意味します。

注7. 光信号解析の新手法:
脳深部に光ファイバーを刺し入れて、蛍光信号を計測する方法をファイバーフォトメトリー法と呼びます。本研究では、細胞内のCa2+やpHに応じて、蛍光特性が変化する蛍光センサータンパク質を、脳内アストロサイトに人工的に遺伝子発現させたマウスを用いました。当研究室では、細胞内Ca2+をセンス(検出)するように設計された蛍光センサータンパク質でもpHの影響を受け、局所血流量の変動はあらゆる蛍光に影響を与えることを示してきました。本研究では、これらの影響を選り分ける工夫が施された新手法が用いられています。

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 松井 広 (まつい こう)
TEL:022-217-6209
E-mail:matsui*med.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)


(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
広報室
高橋 さやか (たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
E-mail: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

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