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説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明

【本学研究者情報】

〇生命科学研究科 教授 松井広
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 手綱核(注1)という脳内の神経核は、ほとんどすべての脊椎動物に見られる古い脳構造で、意欲や認知機能において重要な役割を担っています。
  • ガラス玉が敷き詰められた不安な環境にマウスを置くと、手綱核のアストロサイト(注2)内の脳内環境が変動することを光計測(注3)を使って示しました。
  • この手綱核アストロサイトの活動を光を使って操作(注4)すると、不安レベルが調整されることを示しました。
  • 本研究により、手綱核アストロサイトの活動が、不安の程度を左右することが示され、不安障害(注5)の新たな治療戦略が示唆されました。

【概要】

私たちは、えも言われぬ不安感に襲われることがあります。これは潜在的な危険を無意識に察した結果と言えます。したがって、適度な不安は生存に有利ですが、不安が過剰になると適応障害にもつながります。

東北大学大学院生命科学研究科の婉琴大学院生(学際高等研究教育院 博士教育院生)、松井教授らのグループは、実験動物のマウスを用いて、脳の手綱(たづな)核のアストロサイトが不安の程度を左右することを発見しました。ガラス玉(マーブル)を床一面に敷き詰めた環境に置かれたマウスは不安(ブルー)になります。このような不安環境(注6)のもとでは、手綱核でシータ波(注7)の神経活動が生じ、アストロサイトの細胞内pHは酸性化することが分かりました。そこで、手綱核アストロサイトのpHを人為的にアルカリ化に光操作すると、シータ波の神経活動が弱まり、マウスの不安レベルも緩和されました。手綱核アストロサイトの活動制御が不安障害の新たな治療戦略となることが期待されます。

本研究成果は2024年2月10日付で著者校正版が神経科学の専門誌Neuroscience Research誌に掲載されました。

DOI:doi.org/10.1016/j.neures.2024.01.006

図1. マーブル・ブルーの不安感。これまで見たことのないガラス玉(マーブル)は、マウスを不安(ブルー)にさせます。マーブル覆い隠しテストでは、いくつのマーブルを床敷きの中に隠すかを調べますが、抗不安薬を投与すると隠す数が減ることが知られています。ところが、床一面にマーブルを敷き詰めると、マーブルを隠しようもなくなるので、マウスは強い不安感に襲われると考えられます。この時の手綱核を調べると、シータ帯域の神経活動が誘発されていました。そこで、光刺激によって手綱核のアストロサイトをアルカリ化してみると、シータ帯域神経活動が減弱しました。手綱核アストロサイトの活動は、不安の程度を左右する役割があることが示唆されました。
※図示のマウスは写真ではなく絵であり、研究状況のイメージになります。

【用語解説】

注1. 手綱核: 手綱核とは、脳の中心部に位置し、前脳からの入力を受けて脳幹に情報を伝達する中継核です。外側手綱核(LHb)からは、吻側内側被蓋核(RMTg)に神経投射があることが知られています。RMTgには、抑制性GABA作動性の神経細胞が多くあり、ドーパミン神経細胞のある腹側被蓋野(VTA)とセロトニン神経細胞のある縫線核(RN)を抑制します。したがって、外側手綱核の神経活動が上がると、VTAとRNの神経活動が抑制され、ドーパミン神経系とセロトニン神経系の両方の活動が下がり、不安様行動につながる可能性が考えられています。手綱核は、逃避不能な足や尻尾へのショック、母性剥奪、社会的敗北ストレスなど、様々な負の情動刺激によって活性化されます。近年は、うつ病の責任病巣としても注目を浴びており、抗うつ薬の作用機序としても、手綱核での作用が重要な役割を果たしていることが示唆されています。

注2. アストロサイト: 脳を構成する細胞の種類で、神経細胞とは異なるものは総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は、脳の隙間を埋めるノリのような存在と考えられてきましたが、グリア細胞には脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。特に、アストロサイトは、グリア細胞の中で一番多く存在し、脳内の血管と神経細胞の両方に突起を伸ばしていることがあることが知られています。アストロサイトは、神経細胞とは異なる方法で、脳内情報処理に関わることも明らかにされてきており、脳と心の機能におけるアストロサイトの役割に大きな注目が集まってきています。

注3. 光計測: 脳深部に光ファイバーを刺し入れて、蛍光信号を計測する方法をファイバーフォトメトリー法と呼びます。本研究では、細胞内のCa2+やpHに応じて、蛍光特性が変化する蛍光センサータンパク質を、脳内アストロサイトに人工的に遺伝子発現させたマウスを用いました。なお、当研究室では、細胞内Ca2+をセンス(検出)するように設計された蛍光センサータンパク質でもpHの影響を受け、局所血流量の変動はあらゆる蛍光に影響を与えることを示してきました。本研究では、これらの影響を選り分ける工夫が施された新手法が用いられています。また、今回、新たに、アルブミンとmScarlet蛍光タンパク質を融合させた分子を肝臓で発現させ、これを血液中に循環させる仕組みを使い、局所血流量を直接計測する方法も用いました。複数の指標を組み合わせ、最大4波長の蛍光を計測する方法を開発しました。

注4. 光操作:光に応じて細胞の状態や機能を変化させるタンパク質を、特定の細胞に遺伝子発現させることにより、光照射で細胞の活動を制御する技術のことを光操作法と呼びます。また、この技術は、光遺伝学またはオプトジェネティクスとも呼ばれます。本研究では、古細菌に発現する光感受性のアーキロドプシンタンパク質(ArchT)を、アストロサイトに特異的に発現させた遺伝子改変マウスを用いました。ArchTは、光により活性化すると、細胞内から細胞外にH+イオンを排出するため、細胞内は、過分極するとともにアルカリ化します。

注5. 不安障害: さまざまな原因により、強い不安や緊張感によって生活に支障が出てしまう状態の総称です。主な不安障害には、全般性不安障害、社会不安障害、強迫性障害とパニック障害があります。

注6. 不安環境: ヒトやマウスなどの動物が、潜在的な危険を感じる環境のことを不安環境と呼びます。例えば、ヒトにとっては、暗い屋外や高い場所などが不安環境に相当します。なお、足への電気刺激(フットショック)などが与えられる環境は、実際の脅威となるので、フットショックが与えられたことのある環境に対して生まれる感情は、「恐怖」と定義されます。一方、高所などは、それ自体では脅威とはなっておらず、潜在的な危険に過ぎないので、潜在的な危険に対して生まれる感情は「不安」と考えられており、「恐怖」とは区別されています。

注7. シータ波: 多くの脳神経細胞の電気的な活動が電極まで伝わって記録されるものを脳波、もしくは、局所フィールド電位と呼びます。脳波の周波数を解析することで、睡眠や覚醒、てんかん等の脳病態等に相関するいくつかの脳状態を高精度に測定し、診断をすることができることが知られています。今回、手綱核に挿入した電極から記録される局所フィールド電位の波形に含まれる5 - 10 Hzの周波数成分に注目しました。この周波数成分はシータ波(一般的には、4 - 8 Hz程度と定義されています)と呼ばれます。この他、デルタ波(0.5 - 4 Hz)など、いくつかの周波数帯域での振動活動が観察され、それぞれ異なった生理学的な意義を有すると考えられています。

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問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 松井 広(まつい こう)
TEL: 022-217-6209
Email: matsui*med.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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