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磁性絶縁体におけるマヨラナ粒子の決定的証拠 ――トポロジカル量子コンピューター実現に向けて前進――

【本学研究者情報】

〇大学院理学研究科物理学専攻
准教授 水上 雄太(みずかみ ゆうた)
研究室ウェブサイト

 大学院理学研究科物理学専攻
准教授 那須 譲治(なす じょうじ)
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 研究チームは2018年に蜂の巣格子を持つ磁性絶縁体a-RuCl3(塩化ルテニウム)において、マヨラナ粒子の存在の報告をしましたが、異なる結果を主張するグループもあり、その存在の有無については論争が続いています。
  • 今回、磁場をある特定の方向に向けると、マヨラナ粒子固有の特別な状態が実現していることが明らかになり、マヨラナ粒子の存在の決定的な証拠が得られました。

  • 実際の物質中において、マヨラナ粒子の存在を決定づけたことにより、磁性絶縁体a-RuCl3がトポロジカル量子コンピューター実現のためのプラットホームになりうることが期待されます。

【概要】

 東京大学大学院新領域創成科学研究科の今村薫平大学院生、水上雄太助教(研究当時、現在東北大学大学院理学研究科准教授)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の末次祥大助教、松田祐司教授、東北大学大学院理学研究科の那須譲治准教授らの研究グループは、東京工業大学、韓国科学技術院と共同で、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピューター(注1)の実現の鍵となる「マヨラナ粒子(注2)」の存在を証明する決定的な証拠を得ました。

 これまで、磁性絶縁体a-RuCl3において、半整数熱量子ホール効果(注3)が観測され、マヨラナ粒子が存在するという報告がなされていました。しかし、この熱ホール効果は試料ごとに異なる結果を示すことや、異なる解釈を提案するグループも現れたことから大きな論争となり、別の観点から決定的な証拠を得ることが最重要課題となっていました。

 今回、磁場をある特定の方向に向けるとマヨラナ粒子固有の特別な状態が実現することを明らかにしました。これは、マヨラナ粒子の存在に関する決定的な証拠といえます。さらに、磁場中でのマヨラナ粒子は、非可換エニオン(注4)という新奇な粒子を形成し得ることが分かっています。この非可換エニオンは、トポロジカル量子コンピューターを実現するうえでのワイルドカードになると期待されている粒子です。本研究成果は、このa-RuCl3がトポロジカル量子コンピューターを実現する有力候補となり得ることを示すだけでなく、物質中における非可換エニオンの理解への大きな進展が期待されます。

 本研究成果は2024年3月13日付けで、米国科学誌 Science Advancesにオンライン掲載されました。

磁場Hb軸方向の時、マヨラナ粒子(黄色)が円錐状のエネルギー特性(緑)を持つ特別な状態が実現

【用語解説】

注1. トポロジカル量子コンピューター:
従来の量子コンピューターとは異なる物理系を用いて、量子計算を行う次世代型の量子コンピューターである。外乱に対して強いトポロジカルな性質を利用するため、周囲の環境の変化に強く、本質的にエラーを起こしにくいコンピューターになると期待される。

注2. マヨラナ粒子:
1937年にエットーレ・マヨラナにより理論的に提案された素粒子である。一般的に、電子等に代表される粒子には、その電荷などの性質が反対となる反粒子が存在する。例えば電子の場合は、陽電子がその反粒子である。これに対し、マヨラナ粒子は、粒子と反粒子が同一となる性質を持つ。

注3. 半整数熱量子ホール効果:
物質中の電子は磁場を印加すると、ローレンツ力を受けることで軌道が曲げられて、電流または熱流と垂直な方向に流れが生じることになる。このことをそれぞれ電気ホール効果、熱ホール効果という。さらに、磁場下において、電気ホール伝導度や熱ホール伝導度が物質の詳細によらず量子化値の整数倍や分数倍になる現象のことを量子ホール効果と呼ぶ。絶縁体では、電気ホール効果は起きないが、電荷中性な粒子が熱を運び、そのトポロジカルな性質を反映して、熱ホール効果を示すことがある。キタエフ量子スピン液体(注5)におけるマヨラナ粒子は、磁場下でトポロジカルな性質により、エッジ状態で熱流を運び、熱ホール効果を示す。さらに、その熱ホール伝導度は、マヨラナ粒子が通常の電子の半分の自由度しか持たないことに起因し、通常の量子化値の半分の値をとり、半整数熱量子ホール効果と呼ばれる。

注4. 非可換エニオン:
通常の三次元空間において粒子はボーズ粒子とフェルミ粒子に分けられる。数学的には、ボーズ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して1がかかり、フェルミ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して-1がかけられる。一方、二次元空間においては、より一般的に二つの粒子の入れ替え操作により波動関数に±1以外の複素数がかけられる粒子が考えられ、これはエニオンと呼ばれる。通常のエニオンにおける粒子の入れ替え操作は、波動関数の位相が変化するのみとみなせるが、これに対して粒子の入れ替え操作により、もとの状態と全く異なる状態になってしまう場合があり、これを非可換エニオンという。

注5. 量子スピン液体、キタエフ量子スピン液体:
物質中のスピンは多くの場合、何かしらの相互作用により、低温で向きが揃ったり、特定のパターンを示したりする磁気秩序状態を示す。これは、スピンの自由度が凍結した一種の固体状態とみなせる。一方で、スピンに量子力学的な揺らぎが強く働く場合、低温であってもスピンの秩序化が阻害されることがある。このように、量子力学的な効果に起因してスピンの自由度が凍結しない、いわば液体のような状態が実現される。この状態のことを量子スピン液体と呼ぶ。量子スピン液体においては、自明でないトポロジー(注6)を持つ状態や、新奇な粒子が存在する可能性が提案されている。キタエフ模型は、基底状態に厳密解としてこのような量子スピン液体状態(キタエフ量子スピン液体)を持つことが知られている。従来の量子スピン液体に比べ、理論的に厳密に扱うことができることに加え、マヨラナ粒子という特殊な準粒子の存在から非常に注目されている。

注6. トポロジー:
連続的に変形しても保たれる性質をトポロジー(位相幾何学)という。例えばコーヒーカップの形は連続的に変形していくとドーナツの形にできることからこの二つは、同じものと扱われる。また、ドーナツとボールは穴の数というトポロジーで区別でき、連続的に移り変わることはできない。このような要請により、トポロジカルな状態は不純物などの外乱に強いという特徴を持つ。

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問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 水上 雄太(みずかみ ゆうた)
電話:022-795-6476
Email:mizukami*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 那須 譲治(なす じょうじ)
電話:022-795-6436
Email:nasu*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022−795−6708
Email:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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