2024年 | プレスリリース・研究成果
脂肪肝・肥満の治療作用を有するシグナル経路の発見 -未開拓の受容体シグナルを標的とした治療薬の開発に貢献-
【本学研究者情報】
〇大学院薬学研究科 分子細胞生化学分野
教授 井上飛鳥
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- Gタンパク質共役型受容体(GPCR)(注1)の細胞内情報伝達(シグナル)経路の一つであるG12シグナル(注2)が、脂肪肝および肥満の発症に対して抑制作用を示すことを明らかにしました。
- これらの代謝改善作用を担う機構として、肝臓からの中性脂肪の分泌促進とヘパトカインFGF21(注3)を見出しました。
- 肝臓に発現しG12シグナルを誘導する種々のGPCRは、脂肪肝・肥満治療の創薬標的となることが期待されます。
【概要】
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は飲酒習慣がない個人において肝臓への脂質蓄積が見られる疾患であり、肥満などの代謝異常がその発症原因となります。NAFLDには初期病態の脂肪肝と比較的進行した脂肪肝炎が含まれ、脂肪肝炎はさらに肝硬変や肝細胞がんに進行するため、早期の治療が望まれます。しかし、NAFLDの有用な治療薬は未だ開発されていません。
東北大学大学院薬学研究科の荒井魁斗大学院生、井上飛鳥教授らの研究グループは、GPCRの特定の下流シグナルを選択的に誘導するデザイナー受容体(DREADD)(注4)と肥満モデルマウスを用いた研究により、肝臓におけるG12シグナルの誘導が肝臓への中性脂肪(注5)の蓄積を抑制し、肥満による体重増加を抑制することを明らかにしました。肝臓に発現するGPCRの中にはG12シグナルをオンにするものがあるため、これらのGPCRに対する作動薬を開発することで脂肪肝や肥満に対する治療につながることが期待されます。
本研究成果は、2024年11月12日に、科学誌Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Molecular Basis of Diseaseに掲載されました。
図2. 肥満マウスにおけるG12シグナルの機能解析の概要
肝G12Dマウスへデザイナー作動薬を投与し、肝臓選択的にG12シグナルを誘導すると、全身レベルのエネルギー消費量が増加し、脂肪肝および肥満の発症を抑制した。これまでの研究で、脂肪肝における他のGタンパク質シグナル(Gs、Gi、Gq)を誘導した際の作用は報告がある一方で、G12シグナル誘導時に脂肪肝に与える作用はこれまで未知であった。本研究において、G12シグナルをオンにすることで脂肪肝を抑制することが明らかとなった。
【用語解説】
注1. GPCR(G-protein-coupled receptor、Gタンパク質共役型受容体)
細胞膜に存在する受容体であり、ヒトにおいて約800種存在する。GPCRは特定のホルモンや代謝物などと結合することで活性化型へと構造変化し、主に三量体Gタンパク質と結合することで、さまざまな細胞応答を引き起こす。
注2. FGF21(Fibroblast growth factor 21、線維芽細胞増殖因子21)
肝臓において産生される、強い抗肥満作用を持つホルモン。肝臓で産生されたFGF21は血中へと分泌され、脳や脂肪組織に作用することで抗肥満効果を発揮する。
注3. G12シグナル
三量体Gタンパク質のうち、G12ファミリーのメンバー(G12とG13)が介在する細胞内シグナル。主な下流経路として、細胞骨格や遺伝子転写を調節するRho-ROCK経路が知られる。
注4. DREADD(Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugsの略語、ドレッド)
本研究で使用したDREADD(G12D)はムスカリン性アセチルコリン受容体の改変体であり、内因性代謝物であるアセチルコリンには応答せず、生物活性を持たない特定のデザイナー作動薬に応答してG12シグナルを伝達する(図2参照)。
注5. 中性脂肪
グリセロールに脂肪酸が結合した、トリグリセリドと呼ばれる脂質分子。肝臓に取り込まれた脂肪酸は中性脂肪に変換され、脂肪滴として蓄えられる。肝臓から血中へと分泌された中性脂肪は筋肉や脂肪組織などに脂肪酸を供給し、各々の組織でエネルギー源として利用される。
【論文情報】
タイトル:Chemogenetic activation of hepatic G12 signaling ameliorates hepatic steatosis and obesity
著者:Katio Arai1, Yuki Ono1, Natsumi Hirai1, Yuki Sugiura2,3, Keizo Kaneko4, Shigeru Matsuda5, Keita Ito6,7, Keita Kajino6,7, Tsuyoshi Saitoh6,8, Fan-Yan Wei5, Hideki Katagiri4, Asuka Inoue1,9 *
*責任著者:東北大学大学院薬学研究科 教授(京都大学大学院薬学研究科 教授併任) 井上飛鳥
掲載誌:Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Molecular Basis of Disease
DOI:10.1016/j.bbadis.2024.167566
※図2、著者の所属先一覧については、下記詳細をご覧ください。
※2024年11月26日、著者の所属先を修正しました。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
教授 井上 飛鳥(いのうえ あすか)
TEL: 022-795-6861
Email: iaska*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
総務係
TEL: 022-795-6801
Email: ph-som*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
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