2025年 | プレスリリース・研究成果
温室効果ガス削減効果を高めたダイズ・根粒菌共生系を開発 -農地からの一酸化二窒素放出を抑制する革新的技術-
【本学研究者情報】
〇生命科学研究科 特任教授 南澤究
研究室ウェブサイト
【概要】
地球温暖化の一因となる一酸化二窒素(N2O)は農地からも発生しており、その発生を抑制する方法が世界中で模索されています。農研機構、東北大学、帯広畜産大学、理化学研究所の共同研究グループは、N2Oを分解する能力の高い根粒菌をダイズに優占的に共生させる技術を開発しました。この技術によって、土壌中でダイズ根粒が崩壊する過程で放出されるN2Oの量が減少することを確認しました。ダイズほ場からのN2O放出を抑えることで、地球温暖化の抑制に貢献することが期待されます。
N2Oは二酸化炭素の265倍の温室効果を示す主要な温室効果ガスの1つです。人類の食を支える農業活動は人為的N2O排出量の約60%を占め(IPCC第5次評価報告書2013より)、その中でも農地からの放出が大きな割合を占めています。窒素は植物の生長に必須な栄養源ですが、作物栽培のために農地に投入される大量の窒素肥料や、収穫されずに残る作物残さからN2Oが発生することが知られており、農地からのN2O放出量を削減する技術の開発は、世界的に重要な課題となっています。
土壌微生物である根粒菌は、ダイズなどのマメ科植物が根に形成する根粒の内部に共生(根粒共生1))して、大気中の窒素を栄養分として植物に供給する有用微生物です。さらに、一部の根粒菌は、N2Oを窒素へと分解する能力をもっています。窒素は大気の主要成分であり、温室効果に直接的な影響を与えることはありません。
そこで、高いN2O分解能力をもつN2O削減根粒菌をダイズに接種して共生させることにより、ダイズの収穫後、根粒が崩壊する過程で放出されるN2Oを削減する試みがなされてきました(図1)。しかし、ほ場の土壌中には多種多様な土着根粒菌が存在し、その多くはN2O分解能力をもたないか、弱い能力しかもっていません(図1)。ほ場にダイズを植え、N2O削減根粒菌を接種すると、土着根粒菌との感染競合が起こり、大多数の根粒には土着根粒菌が共生してしまいます。その結果、N2O削減根粒菌が共生する根粒の割合が低くなり、N2O削減能力を十分に発揮できませんでした(図2左)。
そこで農研機構、東北大学、帯広畜産大学、理化学研究所の共同研究グループは、根粒共生にみられる「共生不和合性現象2)」を利用して、N2O削減根粒菌が共生する根粒の割合を高めたダイズ共生系を開発しました。不和合性現象とは、特定の「不和合性遺伝子」をもつダイズが、特定の根粒菌が分泌する「エフェクター」と呼ばれるタンパク質を認識して、その根粒菌の感染をブロックし、根粒の形成を阻止する現象です。共同研究グループは、2種類の不和合性遺伝子をあわせもつダイズを作出するとともに、 自然変異によりエフェクターを作らなくなったN2O削減根粒菌を選抜し、両者を組み合わせました。この組み合わせにより、エフェクターを作らないN2O削減根粒菌は、不和合性遺伝子をもつダイズに優占的に共生することができます(図2右)。
その効果を実験室で調べたところ、不和合性遺伝子をもつダイズでは、N2O削減根粒菌が共生する根粒の割合(根粒占有率)が90%以上となり、土壌から放出されるN2O放出量は、不和合性遺伝子をもたないダイズの15%にまで減少しました。さらに、ほ場試験においてもN2O削減根粒菌の根粒占有率は64%となり、N2O放出量は、N2O削減根粒菌を接種していない試験区の26%にまで減少しました。
ダイズは、食料や飼料、油糧作物として世界中で幅広く栽培されています。もともとダイズの栽培は温室効果ガスの放出が少ない食料生産システムですが、本研究で開発した技術によって、ダイズほ場から放出されるN2O量が大きく削減されることで、環境負荷の少ないダイズ生産が可能となり、地球温暖化の抑制に貢献できると考えられます。
本成果は、科学誌「Nature Communications」(2025年9月4日)に発表されました。

図1 N2O削減根粒菌と土着根粒菌
根粒菌はダイズの根に感染し、形成された根粒の内部に共生します。ダイズ収穫後、根粒が老化・崩壊する過程で根粒菌が土壌中に放出されます。その際に老化根粒に由来する窒素源からN2Oが発生します。土壌中に放出された根粒菌のうち、N2O削減根粒菌は土壌中のN2Oを窒素(N2)に分解し、N2Oの発生量を削減することができます。一方、土着根粒菌の多くはN2O分解能力をもたないか、能力が弱いため、N2O削減根粒菌のように土壌からのN2Oの発生量を削減することができません。
【用語解説】
1) 根粒共生
ダイズなどのマメ科植物は、土壌細菌である根粒菌との相互作用によって、根に「根粒」とよばれるコブ状の器官を形成します。根粒の中に共生した根粒菌は、大気中の窒素をアンモニアへと変換(窒素固定)し、宿主植物へ窒素栄養として供給します。その代わりに、植物が生産した光合成産物を受け取ります。時間経過とともに根粒は老化し、やがて崩壊して、根粒に含まれる窒素源や根粒菌が土壌中に放出されます。
2) 共生不和合性現象
特定のダイズ品種が、特定の根粒菌の感染を阻止する現象です。根粒菌は「エフェクター」と呼ばれる分泌タンパク質を作り、ダイズに感染を試みる際に植物の細胞内に分泌します。根粒菌の種類により分泌するエフェクターの種類は異なります。
一方、ダイズでは根粒菌のエフェクターを認識して感染を阻止する「不和合性遺伝子」が複数同定されており、品種によって保有している遺伝子の種類が異なります。
共生不和合性は、特定のエフェクターと不和合性遺伝子の組み合わせによって発動し、ダイズの不和合性遺伝子に認識されるエフェクターを作る根粒菌の感染は阻止されます。
【論文情報】
タイトル:Genetic design of soybean hosts and bradyrhizobial endosymbionts reduces N2O emissions from soybean rhizosphere
著者:Hanna Nishida, Manabu Itakura, Khin Thuzar Win, Feng Li, Kaori Kakizaki, Atsuo Suzuki, Satoshi Ohkubo, Luong Van Duc, Masayuki Sugawara, Koji Takahashi, Matthew Shenton, Sachiko Masuda, Arisa Shibata, Ken Shirasu, Yukiko Fujisawa, Misa Tsubokura, Hiroko Akiyama, Yoshikazu Shimoda, Kiwamu Minamisawa, Haruko Imaizumi-Anraku
掲載誌:Nature Communications (2025)
DOI: 10.1038/s41467-025-63223-6
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
特任教授 南澤究
TEL: 022-217-5714
Email: kiwamu.minamisawa.e6*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)