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Special Interview 〜卒業生・在学生・教職員に聴きました〜

南極から続く道 ~目の前の興味を積み上げて~

坂野井先生が南極で撮影したオーロラの前で研一と

学生広報スタッフの山口です。今回は、2002年に東北大学大学院理学研究科を卒業され、現在、駒澤大学・総合教育研究部 自然科学部門 教授の坂野井和代先生にお話を伺いました。

東北大生時代に、"日本人女性初の越冬隊員"として第39次南極観測隊に参加された坂野井先生。
いろいろな人と関わり、目の前の興味に取り組むことで自然と道が形づくられたという坂野井先生に、その歩みと学生へのメッセージを伺いました。

坂野井和代先生プロフィール

1991年東北大学理学部物理系入学。
2002年3月に東北大学大学院理学研究科・地球物理学専攻で博士号を取得。
博士課程1年目の1997年11月から1999年3月まで休学して、第39次南極地域観測隊に日本人女性初の越冬隊員として参加。
その後、情報通信研究機構で任期付き研究員を経て駒澤大学に着任。現在、駒澤大学総合教育研究部教授。

学生時代~興味のままに動く~

ー なぜ東北大学の理学部に進学され、どのような大学生活を過ごしましたか

国語が得意で短歌や俳句にも興味があったので国文学にも興味がありました。しかし、本やテレビで南極観測隊のことを知り、珍しい自然が仕事でみられるフィールドでの「研究者」という職業に魅力を感じ、南極観測隊になれそうな東北大学の理学部を選びました。 学部時代は南極を目指して特別なことをしていたわけではなく普通の大学生生活を送っていました。サークルを通して修士や博士の方と交流できたのは面白くて印象に残っています。専門に近くなると地球物理学の実験が始まって、それを同期の友達とわいわい楽しめたのもいい思い出です。

研究室配属のタイミングで先輩に話を聞いた際に、南極観測隊を出している研究室があると分かり、そこに行こうと思ったのが明確な南極への進路の始まりですね。

ー 研究室の情報収集を含め、大学時代にやっておいてよかったなと思うことはありますか

いろいろな人と関わることですかね。すぐに役に立たなくても、後々何かに繋がることがあります。あとは授業以外にも面白いことをすること。一見関係ないようなことでも最終的に何かの糧になって、そういう断片が積み重なって自分の希望する進路に繋がった感じがします。

南極観測隊~極地での研究から得た気づき~

研究室に配属されてからは南極に行くために手当たり次第なんでもやりました。勉強や実験、プロジェクトの立ち上げや研究室のサーバー管理など。知識がなくてもとりあえず参加して経験とスキルを積むことを意識しました。 その一環として、プロジェクトの立ち上げ過程を経験したいと思い、学部4年から修士1年生の時に研究室で偶然始まった気象データの観測プロジェクトに一から参加しました。その際に私たちの研究室が、「エルブス」という高層大気での発光現象を世界で初めて発見するという印象的な経験をしました。全然予想していなかったことが起きましたが、「とりあえずでいいから何かをやってみることで何かにつながる」ということを実感した出来事でした。

ー 実際に南極観測隊に入り特殊な環境で過ごした経験は、どのように活きていますか

自分の研究がたくさんの研究者以外の人に支えられていることがしみじみと分かりました。大学にいるだけでは気づけないことですが、この気づきが私の研究者人生でも大きな影響を与えています。データを取りに行く中でも基地の日常を保ってくれる人がいて、研究に対して、理解してくれる皆さんの存在も不可欠です。そう考えると、自分の研究を社会と対話して伝えていきたいと取材を受ける中でも考えるようになりました。

観測ドーム内で作業をする坂野井先生(提供:坂野井先生)

その後のキャリア~経験の断片がキャリアを作る〜

ー 南極観測隊という大きな夢を達成し後はどのように進路を選びましたか

大きな目標であった南極観測隊が終わると、他に目標が特に何かあったわけではなく、その後に何をするかはかなり考えました。そこで、「とにかく目の前の自分が納得できて、楽しそうと感じたものをやってみる」ことにしました。大きな目標はなくても、小さな目標を積み上げていくということです。また、当時は就職氷河期だったので、研究を続けるにはテーマを変えるなどの柔軟性が必要でした。さらに子供ができてからは子育てとの両立のために研究のキャリアを外れたとしても任期付きでない長く続けられる職を選ぶ現実との折り合いもありました。

その中で今の職を見つけました。情報系のサーバー管理やプログラミングを教えつつ、自然科学やデータサイエンスの内容を専門でない学生さんに伝える授業もある職です。私は専門が情報系ではないですが、学生の時にサーバー管理をした経験があったのでこの仕事ができると思い応募し採用されました。

そうしていろいろやっていると新しいものに出会ったときに、それを避けるのではなく「自分なりに理解してみよう」と思えるようになります。データサイエンスを教えることになってから本格的に勉強し始めたのは5、6年前ですが「40代から新しい分野を学べるなんてラッキー!」みたいな、そんな楽しみ方ができると仕事も続けられると思います。

ー 南極観測隊から、今の教育者としての活動を通して自分の中で根幹として持っているものはありますか

研究と社会の間をつないで、多くの人に研究の面白さや楽しさを伝えたいという思いはあります。だからこそ、この道をえらんで良かったと感じています。

あとは「働き続けたい」という思いです。だから楽しく働き続けるにはどうするか、生き残っていける道は何だろうと常に考えていたし、研究分野を変える時にも、人がやっていない、研究するだけで価値が出る分野に変えようと思っていました。今の学生さんには昔話になりますが、当時は女性の研究者が少なかったので、常に意識せざるを得なかったと思います。

坂野井先生が南極で撮影したオーロラ(提供:坂野井先生)

ー 坂野井先生の南極観測隊というような大きい目標が見つからない学生に対して、どうアドバイスしますか

明確な目標がないのは、私が南極に行った後と同じ状態だと思います。私の場合、駒澤大学の教員という道につながったのは、社会との対話を意識したということと、学生時代にサーバー管理をした経験が大きいと思います。研究とは全く別のスキルですが、そのおかげで今の職につけています。だから大きな目標はなくても、自分が興味のあることをやっておくと道が絞られていき、それが自分に適した道へ自然と繋がっていく気がします。明確な目標がないのは普通のことで、いきなり自分の手の届かない範囲を考えるのではなく、手の届く範囲の「今」できることをやっていくといいと思います。

文:学生広報スタッフ 山口 璃空
写真:東北大学総務企画部広報室(提供以外)

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