2026年 | プレスリリース・研究成果
電子を操って原子核の半減期を大きく変える -「電子架橋遷移」の存在を示す重要な証拠を発見-
【本学研究者情報】
〇先端量子ビーム科学研究センター 准教授 菊永英寿
研究室ウェブサイト
【概要】
理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター核化学研究開発室の重河優大特別研究員(研究当時、現客員研究員、筑波大学数理物質系助教)、羽場宏光室長、光量子工学研究センター時空間エンジニアリング研究チームの山口敦史専任研究員、大阪大学大学院理学研究科の笠松良崇教授、東北大学先端量子ビーム科学研究センターの菊永英寿准教授、同金属材料研究所の白崎謙次講師(研究当時)、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所の和田道治名誉教授らの共同研究グループは、原子核の周りにある電子の数を変えて、励起状態のトリウム229[1]原子核の半減期を大きく変化させることに成功しました。
本研究成果は、未発見の核壊変過程(励起状態から基底状態へ脱励起する過程)である「電子架橋遷移[2]」の直接観測に向けた大きな一歩となり、原子核時計[3]の実現に向けた貢献も期待されます。
励起状態のトリウム229原子核は、通常の原子核の1,000分の1以下である8.4電子ボルト(eV)[4]という低い励起エネルギーを持ちます。8.4eVは、トリウム原子の最も外側の軌道にある電子(価電子)の結合エネルギーと同程度です。そのため、価電子の数が変わると、励起状態のトリウム229原子核の壊変過程が変化すると考えられてきました。壊変過程として、光子を放出するγ(ガンマ)線放出[5]や電子を放出する内部転換[6]が知られています。これらは多くの原子核で観測されている壊変過程ですが、トリウム229原子核の場合には、原子核のエネルギーを電子の遷移と光子に変換する電子架橋遷移という新しい過程の存在が予想されてきました。今回、共同研究グループは、中性のトリウム原子から電子を1個取り除いた1価イオンの状態で、励起状態のトリウム229原子核の半減期を測定しました。得られた半減期の値は0.46±0.08秒で、中性のトリウム原子(内部転換で壊変)の10万分の1秒程度や3価のトリウムイオン(γ線放出で壊変)の1,400秒程度という半減期の値と大きく異なっており、電子架橋遷移の存在を強く示唆する結果となりました。
本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(4月14日付:日本時間4月14日)に掲載されました。
【用語解説】
[1] トリウム229
トリウムは原子番号90の元素。質量数229の同位体であるトリウム229の原子核は、基底状態からわずか8.4電子ボルト(eV)([4]参照)上に、準安定な励起状態を持つ。この励起状態にあるトリウム229原子核のことをトリウム229アイソマー([7]参照)と呼ぶ。
[2] 電子架橋遷移
励起状態の原子核がより低いエネルギー状態へ移る過程の一種。原子核の励起エネルギーが原子の軌道殻電子の遷移に使われるとともに、光子が放出される。γ線放出([5]参照)過程や内部転換([6]参照)過程とは異なる高次の過程として理論的に予測されてきたが、実験による明確な観測例はない。
[3] 原子核時計
トリウム229原子核の基底状態とアイソマーの間の遷移周波数を基準とする時計。原子核遷移の周波数は環境ノイズの影響を受けにくいため、既存の原子時計を上回る正確さを実現できると期待されている。トリウム229のアイソマーは通常の原子核に比べて励起エネルギーが非常に低いため、レーザーによる原子核遷移が可能となり、原子核時計の実現が期待される。
[4] 電子ボルト(eV)
エネルギーの大きさを示す単位で、電子1個が真空中で1ボルトの電位差で加速されたときに得るエネルギー。
[5] γ(ガンマ)線放出
励起状態の原子核が、励起エネルギーをγ線(光子)として放出することで、より低いエネルギー状態へ移る過程。
[6] 内部転換
励起状態の原子核が、励起エネルギーを原子の軌道殻電子に受け渡すことで、より低いエネルギー状態へ移る過程。エネルギーを受け取った電子は、内部転換電子として原子の外へ放出される。
【論文情報】
<タイトル>Lifetime of the singly charged 229Th nuclear isomer
<著者名>Yudai Shigekawa, Atsushi Yamaguchi, Katsuyuki Tokoi, Nozomi Sato, Hidetoshi Kikunaga, Kenji Shirasaki, Yoshitaka Kasamatsu, Michiharu Wada, Hiromitsu Haba
<雑誌>Nature Physics
<DOI>10.1038/s41567-026-03251-1
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Email: press.imr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)