2026年 | プレスリリース・研究成果
原子核を形作る力の理解に新展開 ―ハイパー三重水素原子核を世界最高精度測定―
【本学研究者情報】
〇大学院理学研究科物理学専攻 委嘱教授 中村哲
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 崩壊パイ中間子分光による、ハイパー三重水素原子核のラムダ束縛エネルギーを世界最高精度で測定
- ハイパー四重水素原子核との同時測定による、既知の束縛エネルギーを基準とした高精度エネルギー較正を実現
- 原子核に働く強い力と軽いハイパー原子核構造の理解への貢献、ならびに中性子星内部の物質理解への波及
【概要】
東京大学大学院理学系研究科の永尾翔助教(理研客員研究員兼務)、中村哲教授(東北大学委嘱教授、理研客員研究員兼務)、理化学研究所仁科加速器科学研究センターの木野量子基礎科学特別研究員(研究当時:東北大学大学院生)、ヨハネス・グーテンベルク大学マインツのJosef Pochodzalla教授、Patrick Achenbach教授らによる国際共同研究グループは、マインツ・マイクロトロン(注1)において、ラムダハイパー原子核(以下、ハイパー核、注2)の崩壊パイ中間子分光を行い、ハイパー三重水素原子核(以下、ハイパー三重水素)のラムダ束縛エネルギー(注3)を世界最高精度で測定しました。
ハイパー核は、陽子や中性子に加えてハイペロン(注4)を含む短寿命の原子核であり、原子核を形作る強い力の性質や成り立ちを探るために重要な手がかりです。とりわけ、最も軽いハイパー核であるハイパー三重水素は、少数多体系の理論計算を検証する基準として重要です。今回、ハイパー四重水素原子核(以下、ハイパー四重水素)の崩壊パイ中間子を基準として同時測定することで、高精度なエネルギー較正を実現し、ハイパー三重水素が従来考えられていたより強く束縛されていることを示唆する結果を得ました。本成果は、ハイペロン・核子相互作用、軽いハイパー核の構造、さらには高密度天体である中性子星内部の物質理解の前進に貢献することが期待されます。
崩壊パイ中間子分光法により今回新たに測定されたハイパー三重水素原子核
【用語解説】
(注1)マインツ・マイクロトロン:ドイツ・マインツ大学に設置された世界最大のマイクロトロン型電子加速器であり、高品質・高強度の電子ビームを用いた精密な原子核・素粒子実験に利用されています。マインツ・マイクロトロンは、軽いハイパー核の精密分光研究において世界をリードする成果を生み出してきた施設の一つです。
(注2)ハイパー核:通常の原子核を構成する陽子や中性子に加えて、陽子・中性子と同じバリオンの仲間であるハイペロン(注4)を一つ以上含む原子核です。ハイパー核は、含まれるハイペロンの種類に応じて、ラムダハイパー核、シグマハイパー核、グザイハイパー核などに分類されます。本研究で対象としたのは、ハイペロンの一種であるラムダ粒子を含むラムダハイパー核です。通常の原子核の表記にハイペロンを表す記号を添えて表します。たとえばハイパー三重水素原子核はH、ハイパー四重水素原子核は Hと書きます。
(注3)ラムダ束縛エネルギー:ハイパー核の中で、ラムダ粒子がどれだけ強く束縛されているかを表す量です。値が大きいほど、ラムダ粒子が原子核の中により強く結び付いていることを意味します。ラムダ束縛エネルギーは、ハイペロンと核子の間に働く相互作用の強さを知るための重要な観測量です。そのため、この値を高精度で測定することは、ハイパー核の構造を理解するうえで極めて重要です。また、理論計算との比較を通じて、強い力の理解を深めるための重要な手がかりにもなります。今回の研究では、このラムダ束縛エネルギーを世界最高精度で測定しました。
(注4)ハイペロン:陽子や中性子と同じくクォーク(素粒子)三つからできた粒子の仲間で、ストレンジクォークを1個以上含む粒子の総称です。代表的なハイペロンとして、ラムダ粒子(Λ)、シグマ粒子(Σ)、グザイ粒子(Ξ)などがあります。ハイペロンを含む量子系を調べることで、通常の原子核では調べにくいハイペロンと核子の間の相互作用を研究できます。こうした相互作用の理解は、原子核を形作る強い力をより一般的に理解するうえで重要です。非常に高密度な天体である中性子星の内部では、陽子や中性子だけでなく、ハイペロンが現れる可能性があると考えられています。そのため、ハイペロンの性質やハイペロンと核子の間の相互作用を理解することは、中性子星内部の物質状態を考えるうえでも重要です。
【論文情報】
雑誌名:Physical Review Letters
題 名:Precise measurement of the Λ-binding energy difference between 3ΛH and 4ΛH via decay-pion spectroscopy at MAMI
著者名:Ryoko Kino, Sho Nagao, Patrick Achenbach, Satoshi N. Nakamura, Josef Pochodzalla, 他 A1 Collaboration
DOI: 10.1103/19gd-jqw2
問い合わせ先
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
Tel:022-795-6708
E-mail:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)