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夢見る脳のエネルギーパラドックスを発見 -脳内代謝エネルギー供給増/神経細胞ATP減少の逆説-

【本学研究者情報】

〇生命科学研究科 教授 松井広
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • マウス脳を広域蛍光イメージング(注1)で観察し、脳血液量、アストロサイト(注2)のピルビン酸(注3)、神経細胞のATP(注4)の変動を解析しました。
  • ノンレム睡眠(注5)中には、脳波のシータ帯活動から数秒後の脳血液量変動を予測でき、神経活動と血管反応が連動していることが示されました。
  • レム睡眠(注6)に移行する前から脳血液量が増加し始め、その変化は後方の大脳皮質から前方へと広がることが分かりました。
  • レム睡眠中には、脳血液量とアストロサイト細胞内のピルビン酸が増える一方で、神経細胞内のATPは低下しました。夢を見るレム睡眠時には、脳内エネルギーの供給と消費の関係が動的に組み替わることを示す発見です。

【概要】

私たちは、眠っている間にも夢を見たり、記憶を整理したりしています。特にレム睡眠は、身体は休んでいるにもかかわらず脳は活発に働く、いわば「逆説的」な睡眠状態です。しかし、レム睡眠中に脳にどのように代謝エネルギーが供給され、消費されているのかは十分に分かっていませんでした。

東北大学大学院生命科学研究科の高橋佑輔大学院生、生駒葉子助教、松井広教授(大学院医学系研究科兼任)らの研究グループは、生きたマウスの自然睡眠中の大脳皮質を、頭蓋骨を開けずに広域蛍光イメージングで観察しました。その結果、夢を見るレム睡眠中には、エネルギー供給の増加を反映すると考えられる脳血液量の増加と、アストロサイト細胞内のピルビン酸増加が見られた一方で、神経細胞が直接利用するエネルギー分子であるATPの細胞内濃度はむしろ低下することが示されました。これは、単純に「血流が増えれば神経細胞のエネルギーも増える」とは言えないことを示す、レム睡眠における脳エネルギーのパラドックス(注7)です。

生体脳は、コンピュータに比べてはるかに省エネ(注8)で情報処理を行っています。夢を見るレム睡眠時特有の脳内エネルギーの供給と消費のバランスを調べることで、睡眠や記憶の仕組みの理解にもつながることが期待されます。

本成果は2026年7月27日付でCommunications Biologyに掲載されました。

図1. 研究概要のイメージ:脳が高度な情報処理を行い、記憶や感情などの心の機能を生み出すためには、代謝エネルギーが必要です。このエネルギーのもととなる酸素やグルコースは、血液によって身体から脳へと運ばれます。本研究では、マウスの自然睡眠中の脳を頭蓋骨越しに観察し、夢と深く関わるレム睡眠への移行時に、脳の局所血液量が大きく増加することを示しました。脳内では、多くの神経細胞は血管に直接接しておらず、グリア細胞の一種であるアストロサイトが、血管と神経細胞の双方に接しています。そこで本研究では、アストロサイト細胞内のピルビン酸と、神経細胞内のATPを、それぞれ蛍光センサーで計測しました。その結果、レム睡眠中には、局所血液量とアストロサイト内ピルビン酸が増加する一方で、神経細胞内ATPはむしろ低下するという、一見逆説的な現象が見出されました。この神経細胞ATPの低下には、レム睡眠特有の情報処理によってATP消費が増大した可能性、アストロサイトから神経細胞への代謝基質の受け渡しが一時的に変化した可能性、あるいは神経細胞内でのATP産生効率が変化した可能性が考えられます。本研究は、脳内の情報処理が、神経細胞だけでなく、血管やアストロサイトを含む代謝ネットワークによって動的に支えられていることを示しています。

【用語解説】

注1. 広域蛍光イメージング
広域蛍光イメージングは、蛍光を発する物質やタンパク質を利用して、生きた脳の広い範囲の活動を観察する方法です。本研究では、頭蓋骨を開けずに、マウス大脳皮質全体の血管・代謝動態を観察しました。マウスの頭蓋骨は、頭皮の下では比較的透明ですが、頭蓋骨を露出させて乾燥させると急速に不透明になることが知られています。そこで本研究では、頭蓋骨を紫外線硬化樹脂でコーティングし、湿潤で透明な状態を保つことで、頭蓋骨越しに脳表面の細胞や血管を観察しました。従来は、頭蓋骨を取り除いて小さな窓を作り、脳内を観察する方法が広く用いられてきました。しかし、このような侵襲を加えると、特に血管系やグリア細胞の活動が影響を受ける可能性があります。本研究では、開頭していない頭蓋骨越しに、血管内を流れる蛍光物質や脳実質の細胞に発現させた蛍光タンパク質から生じる蛍光を観察しました。観察には蛍光マクロズーム実体顕微鏡を用いました。実体顕微鏡は、視野が広く、対物レンズから対象までの距離が比較的長い顕微鏡であり、対象の表面を広く観察するのに適しています。本研究では、マウスの大脳皮質全体が観察できる程度の倍率で、励起光を脳に照射し、戻ってきた蛍光を高感度カメラで撮影しました。

注2.アストロサイト
脳のアストロサイトは、グリア細胞の一種であり、神経細胞と血管の間に位置して、脳内の代謝、イオン環境、神経伝達、血管反応を調節する細胞です。脳を構成する細胞のうち、神経細胞以外の細胞は総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は脳の隙間を埋める「ノリ」のような存在と考えられてきました。しかし近年、グリア細胞には、脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。さらに、神経細胞とは異なる仕組みで脳内情報処理に関わることも明らかになりつつあり、脳と心の機能におけるグリア細胞の役割に大きな注目が集まっています。グリア細胞は大きく、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトに分類されます。アストロサイトは、神経細胞同士をつなぐシナプス結合部位の近くに存在するとともに、脳内を張り巡らされた血管を取り囲む構造を持っています。そのため、神経細胞の活動と血管からのエネルギー供給をつなぐ重要な位置にあります。

注3.ピルビン酸
ピルビン酸は、グルコースが分解される過程で作られる代謝物で、ATP 産生につながる重要な分子です。本研究では、アストロサイト内のピルビン酸を蛍光センサーで計測しました。アストロサイトは血管からグルコースと酸素を受け取ります。受け取ったグルコースは、解糖系によってピルビン酸に変換されます。したがって、血管からのグルコース供給量が増えると、アストロサイト内のピルビン酸も増加すると考えられます。ピルビン酸は、アストロサイト内でミトコンドリアに取り込まれ、最終的にエネルギー分子 ATP の産生に利用されます。一方、アストロサイト細胞質のピルビン酸は乳酸に変換されることもあります。乳酸は、モノカルボン酸トランスポーター(MCT)を介してアストロサイト外へ排出され、神経細胞に取り込まれる可能性があります。神経細胞に取り込まれた乳酸は、再びピルビン酸に変換され、ミトコンドリアに取り込まれて ATP 産生に使われると考えられています。この考え方は、アストロサイト・神経細胞間乳酸シャトル仮説と呼ばれます。したがって、アストロサイトのミトコンドリア機能や MCT 機能が変化すると、ピルビン酸の消費や乳酸の排出が変化し、アストロサイト内に乳酸やピルビン酸が蓄積する可能性があります。

注4.ATP
ATP は、生物の細胞内でエネルギー通貨として働く分子です。本研究では、レム睡眠という自然な脳状態で、神経細胞内 ATP が低下することを示しました。アデノシン三リン酸(ATP)は、生物の細胞内でエネルギー通貨として機能しています。ATP からリン酸がひとつ外れてアデノシン二リン酸(ADP)になる際に放出されるエネルギーが、さまざまな細胞機能に利用されます。細胞内で ATP を効率よく産生する重要な経路としては、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化が挙げられます。細胞外のグルコースを取り込んだ細胞は、解糖系によってこれをピルビン酸に変換します。ピルビン酸はミトコンドリアに取り込まれ、クエン酸回路を経て NADH や FADH2 などの還元型補酵素が生成され、電子伝達系を介して ATP が多量に作られます。このように、細胞内 ATP 濃度は、供給、すなわち生成と、消費のバランスによって維持されています。ATP は生体内のすべての細胞の機能と生存に必要不可欠なエネルギー分子であるため、これまで、生理的な状況下ではその濃度は比較的安定に保たれていると考えられてきました。本研究は、レム睡眠という自然な脳状態で神経細胞内 ATP が変動することを示した点に大きな特徴があります。

注5.ノンレム睡眠
ノンレム睡眠は、レム睡眠以外の睡眠状態です。本研究では、ノンレム睡眠中のシータ帯活動の揺らぎが、数秒後の脳血液量変化と強く関係することを示しました。ノンレム睡眠は、深い睡眠段階を含む睡眠状態です。脳波ではデルタ波(1〜4 Hz)などの低周波成分が目立つことが特徴とされています。ただし、ノンレム睡眠中にも、シータ波(6〜9 Hz)を含め、他の周波数成分は存在します。本研究では、ノンレム睡眠中にシータ帯活動の強さが時間的に変動することに着目しました。その結果、シータ帯活動の揺らぎが、約4〜5秒後の脳血液量変化と強く関係することが示されました。これは、ノンレム睡眠中にも、神経活動と血管反応が密接に結びついていることを示唆しています。

注6.レム睡眠
レム睡眠とは、急速眼球運動(REM; Rapid Eye Movement)を伴う睡眠状態です。夢や記憶の整理と関連すると考えられ、脳波と筋電図を組み合わせることで判定できます。目を閉じて眠っている間でも、まぶたの奥で眼球が急速に動く時期があります。この急速眼球運動を REM と呼びます。レム睡眠中にヒトを起こすと、夢を見ていたと報告することが多いため、レム睡眠中に過去の経験を記憶するものと忘れるものとに選り分け、その過程で夢を見るという仮説が生まれました。このような機能をレム睡眠が実際にどの程度担っているかについては議論がありますが、他の睡眠状態とは異なる特有の情報処理がレム睡眠中に行われていることは強く示唆されています。レム睡眠中には、脳波の周波数成分のうちシータ波(6〜9 Hz)が強まり、デルタ波(1〜4 Hz)が低下します。また、身体を支える筋肉は強く弛緩するため、筋電図はほぼ平坦になります。したがって、脳波と筋電図を合わせて記録することで、レム睡眠が生じている時間帯を特定できます。

注7.脳エネルギーのパラドックス
本研究では、レム睡眠時に脳血液量とアストロサイト内ピルビン酸が増える一方で、神経細胞内 ATP が低下する現象を「脳エネルギーのパラドックス」と呼びます。パラドックスとは、日本語で「逆説」などと訳され、一見すると常識に反していたり、矛盾していたりするように思える事象や命題でありながら、よく考えると一定の論理的根拠や真実を含んでいる状況を指します。本研究では、レム睡眠時に脳血液量が増加し、脳内へのエネルギー供給が高まっていると考えられる状況でありながら、神経細胞内のエネルギー分子 ATP が減少する現象を脳エネルギーのパラドックスと呼びます。この現象は、レム睡眠時に神経細胞による ATP 消費が大きく増加している可能性、神経細胞への代謝基質の供給が一時的に滞る可能性、あるいは神経細胞内での ATP 産生様式が変化している可能性を示唆します。いずれにせよ、レム睡眠は、神経細胞内での代謝エネルギー動態が大きく組み替わる脳状態であると考えられます。

注8.省エネ
ヒトの脳は、成人でおよそ 20 ワット程度のエネルギーで働いていると推定されています。これは、現代の計算機と比較しても驚くほど高効率な情報処理です。このエネルギー量は、薄い白熱球を灯す程度に相当します。一方、標準的なパソコンや大規模なスーパーコンピュータは、脳とは異なる原理で計算を行い、用途によってははるかに大きな電力を必要とします。それと比較すると、生物の脳は驚異的な省エネルギー性能を実現していると言えます。脳がこのような高効率な情報処理を実現する秘密の一端は、脳内での代謝エネルギー分子の動態を調べることで明らかになると期待されます。本研究は、レム睡眠中に、血管からの供給、アストロサイトの代謝、神経細胞の ATP 状態が単純に同じ方向へ変化するのではなく、脳状態に応じて異なる振る舞いを示すことを明らかにしました。このような動的なエネルギー配分は、生物の脳に特有の省エネルギー型情報処理を理解する手がかりになると考えられます。

【論文情報】

タイトル:Energy paradox in REM sleep: balancing supply and consumption in brain metabolism
著者:Yusuke Takahashi, Yoko Ikoma, Ko Matsui*
筆頭著者:東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野 大学院生 高橋 佑輔
*責任著者:東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野 教授 松井 広
掲載誌:Communications Biology
DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-026-10646-6

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問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 松井 広(まつい こう)
TEL: 022-217-6209
Email: matsui*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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