2026年 | プレスリリース・研究成果
哺乳類が体内で「環状八硫黄S8」をつくることを発見 ―がん・老化・炎症・変形性関節症などの予防・治療法開発に期待―
【本学研究者情報】
〇大学院医学系研究科 国際卓越教授 赤池孝章
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【発表のポイント】
- 哺乳類の細胞や組織が、これまで主に微生物や植物・真菌で知られていた元素硫黄の一種である環状八硫黄(cyclo-octasulfur, S8)(注1)を体内で生成し、貯蔵していることを明らかにしました。
- S8は、細胞内のエネルギー工場であるミトコンドリア(注2)や脂質を蓄える脂肪滴(注3)に多く存在し、特に脂肪滴に豊富に蓄積していることを発見しました。
- ヒトの乳がん(注4)組織では、がんではない乳腺組織と比べてS8が著しく高く、乳がん患者の呼気中にも超硫黄分子(注5)の上昇が認められました。
- 変形性膝関節症(注6)モデルマウスの関節内に可溶化したS8を投与すると、関節組織の脂質の酸化が低下し、S8が関節の酸化ストレスを抑える新たな治療法につながる可能性が示されました。
【概要】
硫黄は生命に必須の元素であり、微生物では硫黄がエネルギー代謝や自然界の硫黄循環に重要な役割を果たすことが知られています。しかし、哺乳類が元素硫黄を体内で作り、利用しているかどうかは不明でした。今回、東北大学、秋田大学、東京科学大学らの研究グループは、ドイツのMax Planck研究所、島津製作所と共同で、ナノ分子カプセル(注7)を用いた質量分析(注8)とラマン顕微鏡解析(注9)により、哺乳類の細胞や組織の中に環状八硫黄(S8)が存在することを明らかにしました。S8は、特に脂質を蓄える脂肪滴に多く蓄積していました。さらに、ヒトの乳がん組織ではS8が高濃度に蓄積していること、乳がん患者の呼気中にも超硫黄分子(HSSnH)が増えていることを見出しました。また、変形性膝関節症モデルマウスでは、可溶化したS8を関節内に投与することで関節組織の脂質の酸化が低下しました。本成果は、哺乳類がS8を体内でつくり、脂質に富む細胞内の場所に蓄えることで、細胞や組織を酸化ストレスから守っている可能性を示すものです。今後、S8を中心とした超硫黄分子の代謝を制御することで、脂質過酸化やフェロトーシス(注10)が関与するがん、変形性関節症、炎症性疾患、老化関連疾患などの予防・治療法開発への応用が期待されます。
本研究成果は、2026年9月24日付けで国際学術誌Scienceに掲載されました。
図1.哺乳類における元素硫黄S8の蓄積と細胞を守る働き
S8を捕まえる分子カプセルを用いた質量分析法とラマン顕微鏡解析により、哺乳類の組織や脂肪滴にS8が存在することが分かった。脂肪滴に蓄積したS8は、グルタチオン(GSH)などと反応して抗酸化作用を持つ超硫黄分子をつくり、脂質の酸化とフェロトーシスを抑えると考えられる。また、S8を関節内に投与すると、変形性関節症に伴う関節組織の脂質過酸化が低下した。
【用語解説】
注1. 環状八硫黄(cyclo-octasulfur, S8):8個の硫黄原子が環状につながった物質。自然界で安定に存在する代表的な硫黄の一種で、これまでは主に微生物や環境中の硫黄循環との関係で研究されてきた。本研究では、S8が哺乳類の体内にも存在し、細胞や組織を守る働きに関わる可能性が示された。
注2. ミトコンドリア:細胞の中でエネルギーを作る小さな構造体で、細胞の発電所とも呼ばれる。生命活動に必要なATPをつくる一方で、酸化ストレスや細胞死の調節にも深く関わっている。
注3. 脂肪滴:細胞の中で脂質を蓄える小さな構造体。単なる脂質の貯蔵場所だけでなく、脂質代謝、炎症応答、酸化ストレスへの応答などにも関わることがわかってきている。本研究では、この脂肪滴にS8が多く蓄積していることが明らかになった。
注4. 乳がん:乳腺にできる悪性腫瘍。乳管や小葉など、乳腺を作る細胞が異常に増えることで発生する。乳がんの進行には、がん細胞だけでなく、その周囲にある脂肪細胞、免疫細胞、血管なども関わることが知られている。
注5. 超硫黄分子(supersulfides):硫黄原子が複数つながった構造を持つ硫黄分子の総称。反応性が高く、体内で酸化ストレスを抑え、エネルギー代謝、細胞死の調節など、さまざまな生命現象に関わることがわかってきている。
注6. 変形性膝関節症:膝関節の軟骨が、加齢、体重負荷、炎症などによってすり減ったり変性したりする病気。痛みや腫れ、膝の動かしにくさを引き起こし、高齢者に多い代表的な運動器疾患である。関節の中では、炎症や酸化ストレス、脂質の酸化、細胞死などが病気の進行に関わると考えられている。
注7. 分子カプセル:複数の芳香族骨格で囲まれた約1ナノサイズの空間を持つ水溶性のカプセル状化合物を使用。さまざまな生体分子が共存する細胞内でもS8のみを選択的に捕捉できる。
注8. 質量分析:標的の物質をイオンという電気を帯びた状態にし、その重さを精密に測定することで、どのような分子がどれくらい含まれているかを調べる方法。非常に少ない量の分子でも検出できるため、細胞や組織、血液、呼気などに含まれる代謝物の解析に広く用いられている。本研究では、S8を捕まえる分子カプセルを用いることで、細胞や組織の中にあるS8を高感度に測定した。
注9. ラマン顕微鏡解析:物質に光を当てたときに出る特殊な散乱光を調べることで、どのような分子が、どこにあるのかを調べる方法。分子ごとに異なる特徴的な信号(ラマンシグナル)を示すため、細胞や組織を大きく壊すことなく、特定の分子の場所を可視化できる。本研究では、S8に特徴的なラマンシグナルを利用して、脂肪滴や乳がん組織中のS8を直接検出した。
注10. フェロトーシス:脂質の酸化が過剰に進むことで起こる細胞死の一種。鉄が関わることが特徴で、従来知られていた細胞死とは異なる仕組みで起こる。がん、神経変性疾患、血流が途絶えた後に起こる組織障害、変形性関節症、炎症性疾患など、多くの病気との関連が注目されている。
【論文情報】
タイトル:Mammals produce cyclo-octasulfur to suppress lipid peroxidation and ferroptosis
著者:U. Barayeu*, S. Ogata, T. Takata, M. Jung, T. Matsunaga, M. Morita, T. Ida, M. Lange, Y. Unno, S. Boushehri, P. Greicius, A. Nishimura, L. Catti, Y. Pan, T. Zhang, T. Shimizu, R. Ushioda, T. Nakabayashi, S. Asamitsu, K. Fusegawa, T. Suzuki, T. Ishida, N. Tanda, Y. Watanabe, Y. Tsuchiya, R. Yamaguchi, S. Noguchi, E. Mishima, F. Yano, M. Arisawa, D. J. Stuehr, N. Xia, H. Li, B. Moosmann, F. Gräter, C. Aponte-Santamaría, J. A. Olzmann, M. Conrad, A. van der Vliet, T. P. Dick, H. Motohashi, M. Yoshizawa & T. Akaike*
*責任著者:東北大学大学院医学系研究科 レドックス分子医学分野 国際卓越教授 赤池 孝章、国際卓越教授 Uladzimir Barayeu
掲載誌:Science (2026)
DOI:10.1126/science.aec5473
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院医学系研究科
レドックス分子医学分野
教授 赤池 孝章(あかいけ たかあき)
TEL: 022-717-8164
Email: takaaki.akaike.b4@tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室
TEL: 022-717-7891
Email: press.med@grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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