2026年 | プレスリリース・研究成果
Tsai型化合物の磁気状態を統一的に読み解く鍵は「格子定数」 ~未知の磁気秩序をもつ準結晶・近似結晶の探索に新たな指針~
【本学研究者情報】
〇多元物質科学研究所 准教授 那波和宏、教授 佐藤卓
研究室ウェブサイト
金属材料研究所 准教授 池田 陽一
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- Tsai型近似結晶において、従来用いられてきた価電子濃度(e/a)よりも、格子定数の方が、元素の種類や化学組成を超えて磁気基底状態を統一的に記述できる指標であることを明らかにしました。
- Tb、Dy、Hoを含む多数のTsai型化合物を系統的に調べた結果、格子定数が約72 Åを超えると反強磁性、約14.62 ~ 14.72 Åでは強磁性、それより小さい領域ではスピングラスとなる共通の磁気相図を見いだしました。
- 本成果は、これまで試行錯誤に頼る部分が大きかった準結晶・近似結晶の物質探索に、格子定数という明瞭な設計指針を与えるものであり、反強磁性準結晶やヘッジホッグ型磁気構造など、未知の磁気秩序を示す新物質の発見につながることが期待されます。
【概要】
東京理科大学 研究推進機構 総合研究院のFarid Labib助教、東北大学 多元物質科学研究所の那波 和宏准教授、東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の田村 隆治教授らの研究グループは、Tsai型(*1)近似結晶(*2)において、格子定数が磁気基底状態(*3)を統一的に記述する有効な構造指標となることを明らかにしました。これまで、異なる化学組成や希土類元素を有する物質の磁気状態を整理する指標として価電子濃度(e/a)が広く用いられてきました。しかし、合金系によって磁気相境界となるe/aの値がわずかに異なるという点において、統一的に整理するには不十分な点が残っていました。
本研究では、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)を含むTsai型1/1近似結晶を新たに合成し、磁化測定、X線回折測定、中性子回折測定、中性子非弾性散乱実験などを組み合わせて、その結晶構造と磁気状態を系統的に調べました。さらに、既報のTsai型化合物のデータも統合して解析した結果、化学組成や希土類元素(Tb, Dy, Ho)の種類によらず、磁気基底状態が格子定数(格子の大きさを決める構造パラメータ)に応じて明瞭に整理できることを見いだしました。具体的には、格子定数が約14.72 Å(Å、オングストローム、1 Åは100億分の1メートル)を超える領域では反強磁性、約14.62 ~ 14.72 Åでは強磁性、それより小さい領域ではスピングラスが現れるという、共通の磁気相図を得ました。
近似結晶においては、希土類元素の磁気モーメント(原子レベルでのN極‐S極)間に伝導電子を介したRKKY相互作用(*4)が働き、その競合によって多様な磁気状態が現れると考えられています。したがって、この結果は、格子定数が単に結晶構造を反映するパラメータであるだけではなく、磁気相互作用を左右する電子状態とも密接に関係する構造パラメータであることを示唆します。本成果により、これまで試行錯誤に頼る部分が大きかった準結晶(*5)・近似結晶の探索に、格子定数に基づく新たな物質探索の指針が得られました。今後、新たな反強磁性準結晶やヘッジホッグ型磁気構造など、新しい磁気秩序を示す物質の探索を効率化できると期待されます。
本研究成果は、2026年9月30日に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。
図1 非Heisenberg型Tsai型1/1近似結晶における磁気モーメントの模式図。 希土類元素の磁気モーメントは、周囲の原子が作る結晶電場(*6)によって特定の方向を向きやすくなる。本研究では、こうした局所磁気異方性をもつTsai型化合物について、格子定数と磁気基底状態との間に共通した関係が存在することを明らかにした。
【用語解説】
*1 Tsai型
正二十面体など複数の原子殻が同心状に重なった特徴的な原子クラスターを基本構造とする準結晶・近似結晶の一群。
*2 近似結晶
準結晶とよく似た局所的な原子構造をもちながら、周期的な結晶構造をもつ物質。準結晶の構造や物性を理解するための比較対象として用いられる。Tsai型1/1近似結晶は、立方体の中心と各頂点にクラスターが配置された体心立方構造をもつ。 非Heisenberg型Tsai型1/1近似結晶とは、希土類元素の磁気モーメントが、周囲の原子が形成する結晶電場の影響により、特定の方向を向きやすい局所磁気異方性をもつTsai型1/1近似結晶である。
*3 磁気基底状態
強磁性とは磁気モーメントが同じ向きにそろう磁気状態、反強磁性とは隣り合う磁気モーメントが互いに反対向きにそろう磁気状態、スピングラスとは磁気モーメントがランダムな向きのまま凍結する磁気状態である。ヘッジホッグ型磁気構造とは、磁気モーメントがハリネズミの針のように中心から外向き、または中心に向かって放射状に配列した磁気構造である。
*4 RKKY相互作用
伝導電子を介して磁気モーメントの間に働く磁気的相互作用。原子間距離や電子状態に応じて、強磁性的にも反強磁性的にもなる。
*5 準結晶
原子が規則正しく配列しているものの、通常の結晶のような周期的な繰り返しをもたない固体。通常の結晶ではみられない回転対称性をもつことがある。
*6 結晶電場
希土類元素の周囲に配置された原子の電荷が作る電場。希土類元素の種類によっては、この電場の影響によって磁気モーメントが特定の方向を向きやすくなる。本研究で扱う非Heisenberg型Tsai型化合物では、この結晶電場によって磁気異方性(磁気モーメントが特定の向きに向きやすい性質)が生じ、磁気モーメントの配列や磁気基底状態を決める重要な要因の一つとなる。
【論文情報】
雑誌名:Journal of the American Chemical Society (JACS)
論文タイトル:Lattice Parameter Governs Magnetic Ground State Selection in Tsai-Type Intermetallic Compounds
著者:Farid Labib, Kazuhiro Nawa, Yusuke Nambu, Hiroyuki Takakura, Yoichi Ikeda, Kazuhiko Deguchi, Masato Matsuura, Asuka Ishikawa, Ryoichi Kajimoto, Kazuhiko Ikeuchi, Taku J. Sato & Ryuji Tamura
DOI:10.1021/jacs.6c05709
問い合わせ先
(研究に関するお問い合わせ)
東北大学 多元物質科学研究所 准教授
那波 和宏
E-mail:knawa*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道・広報に関する問い合わせ)
東北大学 多元物質科学研究所(IMRAM)
TEL:022-217-5198
E-mail:press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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