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抗がん剤につながる天然物を生み出す巨大酵素の反応現場を活写 ―クライオ電子顕微鏡と2つの分子ツールが明かす天然物生合成の妙―

【本学研究者情報】

〇生命科学研究科 教授 田中良和
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 抗腫瘍性天然物サフラシンBの複雑な5環性骨格を作り出す非典型的な非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)SacCの立体構造を、クライオ電子顕微鏡を用いて、2.76 Åの高分解能で解明しました。
  • 反応中間体を模倣した共有結合性の分子プローブと、酵素を安定化するパートナータンパク質(MbtH様タンパク質)SacEという2つの要素を鍵とし、SacC-SacE-分子プローブ複合体を形成させることで、単独では凝集し構造解析が困難であった単量体型NRPSの反応状態を高分解能で捉える手法を確立しました。
  • 一般的なNRPSのペプチド結合形成を担う縮合(C)ドメインとは異なり、炭素-炭素結合を新たに作り出す特殊なPictet-Spengler(PS)ドメインの立体構造を世界で初めて可視化するとともに、アデニル化ドメインが特殊な非タンパク質構成アミノ酸を選択的に認識する分子機構を解明しました。

【概要】

東京大学大学院理学系研究科の原口尚人氏(研究当時:博士課程)、谷藤涼助教、大栗博毅教授は、東北大学大学院生命科学研究科の高橋奏実氏(研究当時:修士課程)、松田夏奈氏(修士課程)、本多葵一氏(研究当時:修士課程)、田中良和教授(未来型医療創成センター兼任)、北里大学理学部の松井崇准教授、北海道大学大学院水産科学研究院の横山武司准教授、独ミュンスター大学のChristos Gatsogiannis教授らと共同で、アミド結合形成を担う一般的な非リボソームペプチド合成酵素(NRPS、注1)とは異なり、抗腫瘍性天然物(注2)サフラシンB(注3)の複雑な5環性骨格を作り出すNRPS SacCについて、その反応中間状態の立体構造を、クライオ電子顕微鏡(注4)を用いて2.76 Åの高分解能(注5)で解明しました。反応中間体を模倣した共有結合性の分子プローブ(注6)と、酵素を安定化するパートナータンパク質(MbtH様タンパク質、注7)SacEを組み合わせることで、この構造解析を実現しました。

得られた構造は、単量体・単一モジュール(注8)のNRPSとしてはクライオ電子顕微鏡で初めて明らかにされた立体構造で、NRPSを構成する主要ドメイン全体の空間配置に加え、通常のアミド結合(ペプチド結合)形成とは異なる炭素-炭素結合形成(注9)を担う特殊なPictet-Spengler(PS)ドメイン(注10)の立体構造についても世界で初めて可視化しました。さらに、アデニル化ドメイン(注11)が特殊な非タンパク質構成アミノ酸(注12)であるチロシン誘導体を選択的に認識する基質認識機構を明らかにし、SacCが高い基質選択性を示す分子基盤を解明しました。本研究で確立した、分子プローブとパートナータンパク質を組み合わせる構造解析戦略は、SacC以外の多様な天然物合成NRPSにも応用可能と考えられ、構造がダイナミックに変化する巨大酵素の反応機構の解明や、酵素工学を活用した天然物類似の人工化合物の創出とその創薬展開への貢献が期待されます。

非リボソームペプチド合成酵素 SacC の立体構造解明
反応中間体を模倣した分子プローブ(鍵1)と酵素を安定化するパートナータンパク質SacE(鍵2)を組み合わせ、クライオ電子顕微鏡を用いて、巨大酵素SacCの立体構造を2.76 Åの高分解能で解明した。

【用語解説】

(注1)非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)
微生物などがもつ巨大な酵素で、アミノ酸などの部品を鋳型となるRNAを介さずに直接連結し、複雑な構造をもつペプチド性・非ペプチド性天然物を合成する。一般に、複数の反応ドメインが連結したモジュラーな構造をとる。

(注2)天然物
微生物や植物、海洋生物などの生物が作り出す化合物の総称。特有の立体構造や高い生理活性を持つものが多く、医薬品のリード化合物や創薬シーズとして活用されている。

(注3)サフラシンB
土壌などに生息するグラム陰性細菌Pseudomonas fluorescensが生産する抗腫瘍性の天然物。ビステトラヒドロイソキノリン骨格(注13)をもつ天然物の一つで、臨床で使用される抗がん剤エクテナサイジン743(トラベクテジン)と共通の母骨格をもつ。また、エクテナサイジン743の半合成的供給の原料としても用いられている。

(注4)クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)
タンパク質などの生体分子を急速凍結し、電子顕微鏡で観察することで立体構造を明らかにする手法。結晶化が困難な巨大タンパク質複合体の構造解析に威力を発揮する。

(注5)分解能(オングストローム、Å)
クライオ電子顕微鏡などで得られる立体構造の詳細さを表す指標。オングストローム(Å、1 Åは1000万分の1ミリメートル)で表され、値が小さいほど原子レベルに近い精密な構造情報が得られていることを示す。

(注6)分子プローブ(共有結合プローブ)
本研究においては、酵素の反応中間体を模倣した化合物を指す。酵素と共有結合を形成することで特定の反応段階に酵素を固定(トラップ)し、構造解析を可能にする。

(注7)MbtH様タンパク質
NRPSと共に働く小さなパートナータンパク質。NRPSと複合体を形成し、その安定性や触媒活性などを高める働きをもつものが知られている。本研究では、SacEが単独では凝集しやすいSacCと複合体を形成することで、その溶解性を大きく改善した。

(注8)モジュール
NRPSは、基質となるアミノ酸の選択・活性化からアミド結合形成までの一連の反応を担う「モジュール」と呼ばれる機能単位を持つ。

(注9)アミド結合(ペプチド結合)と炭素-炭素結合形成
アミノ酸同士は通常、アミド結合(ペプチド結合)によって連結される。SacCが触媒する反応はこれとは異なり、炭素原子同士を直接つなぐC-C結合の形成を伴う、NRPS中でも珍しい反応様式である。

(注10)ピクテ・スペングラー(PS)ドメイン
ピクテ・スペングラー反応は、アルデヒドとアミンから生じるイミンが分子内で芳香環と環化し、C-C結合を新たに形成する化学反応である。SacCのPSドメインは、この反応を触媒する特殊なドメインであり、通常のNRPSが行うアミド結合形成とは異なるC-C結合形成を担う。

(注11)アデニル化(A)ドメイン
NRPSを構成するドメインの一つで、ATPを用いてアミノ酸などの基質を活性化し、後続の反応へと受け渡す役割を担う。基質となるアミノ酸を選び分ける、いわばNRPSの関所にあたる部分である。

(注12)非タンパク質構成アミノ酸
通常のタンパク質合成には用いられないアミノ酸の総称。SacCが認識するチロシン誘導体もその一つで、メチル基やメトキシ基などの化学修飾を持つ。

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Cryo-EM Structure of a Monomeric Safracin B Nonribosomal Peptide Synthetase Enabled by an MbtH-Like Protein and Covalent Probe Trapping
著者名:Naoto Haraguchi, Kanami Takahashi, Kana Matsuda, Kiichi Honda, Ryo Tanifuji*, Takashi Matsui, Takeshi Yokoyama, Christos Gatsogiannis, Yoshikazu Tanaka*, Hiroki Oguri* (*責任著者)
DOI:10.1021/jacs.6c09555

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問い合わせ先

東北大学大学院生命科学研究科 広報室
Tel:022-217-6193
E-mail:lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)