不治の病を治す
研究が計画通りに進まないことは
しょっちゅうですが、だからこそ、
科学のブレークスルーが起きた稀な瞬間が
なおさら特別なものになります。
ご自身の研究について教えてください。
専門は糖尿病です。ご存じのように糖尿病というのは、血中のグルコース濃度,すなわち血糖値を異常に上昇させる病気です。残念なことに、糖尿病患者が健康を保つためには生涯にわたって飲み薬やインスリン注射を続けるしかありません。医学生になってその事実を知ったときは、「根治療法がないって、ほんとうなのか」とびっくりしました。私の研究室では、いつか糖尿病の根本的な治療ができる日が来ることを願って、肝臓と膵臓と脳の相互作用に的を絞って研究しています。
その3つの器官が関連し合っている
というのはすごい発見ですね。
その経路で鍵となっている標的を
見つけることになったきっかけを
教えていただけますか。
3つの器官は複雑に連携し合っています。したがって、適切な血糖値を回復するための方法を見つけるには、いろいろな場所を調べる必要があります。体内のホメオスタシス(恒常性)が維持されるためには、すべての生理機能が正しく連携し合わなければいけません。私たちは、肥満に反応して活性化される肝臓、脳、膵臓を結ぶ神経伝達経路に着目しました。そしてその経路が、膵臓においてインスリンを産生するβ細胞の数と活性を増大させていることを発見したのです。そこで、この経路の最後の段階にあたる、迷走神経が膵臓のβ細胞に信号を送る部位を刺激してみることにしました。すると、正常マウスのβ細胞を増殖させるだけでなく、糖尿病マウスの血糖値の上昇を長期にわたって抑えることができたのです。これで、この経路を活用すれば糖尿病の治療に応用できるのではないかという希望が持てました。現在、マウスを用いてこの治療法の研究をしています。将来的な目標は、ヒトの臨床試験への移行です。
医師と研究者の二刀流を目指した
理由を教えてください。
もともとは、患者さんを助けるなど、世の中のためになりたくて医学を志しました。しかし医学部で学ぶうちに、病気とその治療法に関してまだよくわかっていないことがたくさんあることを知りました。患者さんを真の意味で助けるために、自分が研究して知識の空白を埋めたいと思うようになったのです。
SiRIUS(シリウス)には、
臨床医研究者が
研究に集中できる環境があるそうですが、
その仕組みについて教えてください。
たいていの医師は、研究したいと思っても、そのための時間がありません。診療中と診療後の事務的な作業に多くの時間をとられてしまうからです。これが大きな問題です。SiRIUSは、研究に燃えている臨床医研究者を集め、6年間、研究にほぼ集中できる環境を提供します。たとえば私は今も、東北大学病院の外来診療をしていますが、それは週1回だけで、前から担当している患者さんの経過を診るためです。
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
あなたの研究の
独創的なところを教えてください。
からだ全体の迷走神経ではなく、膵臓を神経支配している迷走神経だけを刺激するために用いている技術が独創的と言えます。標的を正確に刺激し、またそれを測定する技術を習得するために、脳神経科学の研究室との共同研究を進めてきたおかげです。
研究していていちばん楽しいことは何ですか。
予期していなかった良い研究結果が出た瞬間が最高です。とても興奮して、その晩は眠れないほどです(笑い)。「明日はどんな実験をしようかな」とか「すぐに治療に使えないかな」といった思いが頭の中を駆け巡るからです。研究が計画通りに進まないことはしょっちゅうですが、だからこそ、科学のブレークスルーが起きた稀な瞬間がなおさら特別なものになります。
研究でいちばん難しいところはどこですか。
最先端の技術を学ぶためには最新の研究動向を常にチェックしていなければなりません。新しいイノベーションに関する報告を読むのは大好きですが、発見や技術開発のペースが速すぎて追いつけなかったりします。
空いた時間は何をしていますか。
ワークライフバランスが重要だと考えており、できるだけ研究室に夜遅くまであまり居残らないようにしています。休みの日は、子どもたちと遊んだり、映画を見たり、マンガを読んだりするのが好きです。家族と過ごす時間は大切な時間です。
写真:マウスの膵臓の迷走神経を青色光で活性化することで血中のインスリンとβ細胞数を増やす実験で使用した近赤外光ファイバーケーブル。
川名 洋平
川名洋平博士は、臨床医にして生物医学研究者として、患者さんを救うという野心的な目標を達成してきた。患者さん、学生、研究にかける時間をやりくりすることが日常業務となっている。現在は、臨床医研究者が6年間は研究に専念できる医学イノベーション研究所(SiRIUS)に属している。この自由な環境のおかげで、糖尿病の原因に関する理解を深め、糖尿病を制御する方法の確立を目指して、肝臓、脳、膵臓をつないでいる複雑なシステムを研究している。博士はこの「ベンチ・トゥ・ベッドサイド(基礎から臨床への橋渡し)」研究を実践し、マウスを用いて有望な治療法を開発して厳密な検証にかけることで、臨床への応用を目指している。東北大学医学部を卒業し同大学院を修了した川名博士は、確固たる決意があれば複数の夢を実現できるという生きた証しである。

Translation: Masataka Watanabe
Romance
of
Research