TOHOKU UNIVERSITY

The
Romance
of
Research
Kyoko
Chiba

千葉 杏子

東北大学
学際科学フロンティア研究所(FRIS) 助教

専門分野:生化学

研究テーマ:モータータンパク質の活性化機構、
モータータンパク質のカーゴ結合機構、
神経変性疾患と細胞内輸送異常の関わり

美しき細胞内輸送

タンパク質の優雅で、
どこか詩的とも言える動きを目にしたとき、
もっと知りたいという
深い好奇心が湧き上がってきたのです。

細胞内輸送の研究を
始めたきっかけは何ですか。

もともとは、アルツハイマー病をはじめとする人間の疾患に興味がありました。研究を進めるうちに、この病気と密接に関わっている「アミロイド前駆体タンパク質(APP)」の存在を知りました。私が心奪われたのは、このAPPが神経細胞の中を輸送されているという事実です。このように移動するタンパク質は決して一般的ではありません。顕微鏡を通してその動きを観察したとき、そのプロセスの美しさに衝撃を受けました。それがきっかけで、タンパク質が細胞内でどのように動き、その輸送がどのように制御されているのかに興味を抱くようになりました。その後、モータータンパク質をより深く探究できる研究室を選んで海外留学に行くことを決意しました。カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)では、モータータンパク質を詳細に解析するための刺激的な新技術を学びました。

モータータンパク質のトラブルは、
私たちの日常の健康に
どう影響するのでしょうか。

モータータンパク質は、ミトコンドリアやシナプス小胞など、神経細胞の機能に欠かせない多くの重要な構成要素を細胞内で運んでいます。もしモータータンパク質が適切に機能しなければ、細胞内輸送が破綻し、それがアルツハイマー病や認知症、ALS(筋萎縮性側索硬化症)といった神経変性疾患の病態や進行に深く関わっていると考えられています。細胞が正常に機能するためには正確な輸送システムが必要不可欠であり、このシステムが乱れると、私たちの健康に深刻な影響を及ぼします。

その輸送システムについて、
もう少し詳しく教えてください。

例えばAPPは、「キネシン」というモータータンパク質によって運ばれます。キネシンはAPPを掴み、細胞内の構造体に沿って運びます。キネシンには2本の「脚」があり、微小管というレールの上を一歩ずつ歩くように進みます。APPが小さな光の粒となって運ばれていく様子をはじめて顕微鏡で見たとき、その優雅で詩的な動きに魅了され、もっと知りたいという強い好奇心が芽生えました。それが、研究対象をアルツハイマー病そのものから輸送システムへと移した理由です。モータータンパク質は、街中に何百もの荷物を届ける配達員のような存在です。集積所へ行って荷物を積み込み、目的地へと運んでいきます。

それは興味深いですね。
では、キネシンは常に細胞内を
動き回っているのですか?

実は、そうではありません。通常、私たちの細胞内にあるキネシンの大部分は「自己抑制」された状態にあります。勝手に動き出さないよう、いわば「ブレーキ」がかかっているのです。駅で乗客を待つタクシー運転手のように、キネシンは輸送が必要な荷物が現れるのをじっと待っています。この「ブレーキがかかった状態」を維持することは、健康な細胞内輸送にとって極めて重要です。 一部の疾患では、このブレーキが効かなくなってしまうことがあります。常に活動し続けると過剰な輸送を行い、最終的には神経系にダメージを与えてしまうのです。これは私の研究における主要な発見の一つです。これまでは、疾患に関連する変異は「モータータンパク質の活動低下」に結びつけられることが一般的でした。しかし私の発見は、活動が増加することもまた有害であり、モータータンパク質の働きすぎを招くことを明らかにしました。「働きすぎ」は必ずしもポジティブなことではありません。

Untitled (A Researcher in Sendai #177), 2025. ©︎ Gottingham.
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
Untitled (A Researcher in Sendai #243), 2025. ©︎ Gottingham.
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham

健康なキネシンは細胞システムに
不可欠なのですね。
他に役割はありますか?

キネシンは、細胞核を所定の位置に留め、固定するためにも極めて重要です。キネシンがなければ核は本来の位置から流されてしまい、細胞の正常な機能に支障をきたします。核の位置は、細胞の働きや組織の構成と密接に関係しています。

核がずれてしまうと、細胞分裂や細胞の移動が妨げられたり、筋肉や神経といった専門的な細胞への適切な分化が阻害されたりします。長い時間をかけてこのずれが蓄積すると、個体全体の構造や健康が損なわれる可能性があります。

どのようにして
このプロセスを観察しているのですか。

UC Davisにいた頃に「一分子観察法(single-molecule imaging)」という技術を学び、現在の研究にも応用しています。この技術を用いると、微小管の上を動く個々のモータータンパク質を直接観察することができます。この実験系では、他の細胞成分からの干渉を受けることなく、モータータンパク質と微小管だけを存在させることができます。これは非常に重要で、モータータンパク質の挙動の変化(ブレーキ機構の故障など)が、タンパク質そのものに起因する固有の性質なのかを明確に判断できるからです。この技術がなければ、疾患時におけるモータータンパク質の挙動について確かな結論を出すことは難しいでしょう。極めて純粋な実験システムと言えます。

FRISは学際的な環境で知られていますが、
学際研究を行う上での課題は何ですか。

共同研究を行う多くの研究者は、自分の研究を分かりやすく説明することに長けています。しかし、真にインパクトのある学際研究を遂行するためには、お互いの研究を表面的な理解で終わらせないようにすることです。同僚の研究の背後にある根本的なメカニズムを真に把握する必要がありますが、それは決して容易なことではありません。特に、時間の制約がある中ではなおさらです。

挫折や実験の失敗に直面したとき、
何がモチベーションになりますか。

ときには「離れてみること」が最善のアプローチになることがあります。行き詰まったときは、休憩を取ったり家に帰ったりして、別の日に実験に戻るようにしています。一度離れることでリセットでき、より明快な視点が得られることが多いのです。研究は困難と挫折の連続です。研究を志す皆さんへの私のアドバイスはシンプルです。「諦めないこと」。たとえ状況が厳しくても、実験が失敗しても、忍耐強く続けることが不可欠です。

休日はどのように過ごしていますか?

自由な時間にはランニングや散歩を楽しんでいます。頭をリフレッシュさせ、実験室から離れ、研究に戻ったときに再び集中力を高めることができています。

写真:実験室で生体試料の保存に日常的に使用される必須ツール、マイクロチューブが詰まったバッグ。

Kyoko Chiba
千葉 杏子

東北大学学際科学フロンティア研究所 助教。専門は生化学および細胞内輸送です。細胞内で荷物を運ぶ重要な生体分子機械である「モータータンパク質」を制御する分子メカニズムを中心に研究を行っています。
具体的には、不必要なエネルギー消費を抑えるために通常は停止している「ブレーキ状態(自己抑制状態)」に着目し、モータータンパク質がどのように活性化され、カーゴと結合するのかを研究しています。一分子観察法を用い、個々のタンパク質分子の挙動を直接可視化することで、カーゴの結合がどのようにモーターの活性化を引き起こすのかを解明しています。モータータンパク質の遺伝子変異は神経変性疾患などの人間が抱える疾患と密接に関連しているため、細胞内輸送の異常がどのように病態に関与するかを明らかにし、将来的な治療戦略の構築に寄与することを目指しています。

Text: Nicholas Chapman
Translation: Waka Kuchimachi
The
Romance
of
Research