消滅の危機に瀕した言語を記録する
すべての言語には、
あるコミュニティの人々が歩んできた
長い歴史が反映されているのです。
先生のご研究について
簡単にお聞かせください。
私はヴァヌアツ共和国で話されている「ツツバ語」という、文字を持たず、研究がなされていない言語を調査しています。話者数はわずか500人ほどで、消滅の危機に瀕している言語です。これまでに、この言語の記述文法書や、ツツバ語・ビスラマ語・英語の3言語辞書、そしていくつかの言語学論文を発表してきました。
なぜこの分野に惹かれたのですか?
大学時代の恩師から「世界には非常に多くの言語があるが、文字を持たないために記録されることなく消えていく言語がある」と聞いたことがきっかけで興味を持ちました。また、メジャーな言語とマイナーな言語の間に研究対象となるかどうかの格差があることにも気づき、消滅危機言語についてもっと学びたいという思いが強くなりました。
先生のお仕事には
強い文化的要素があるように思えます。
ご自身は言語学者ですか、
それとも人類学者だとお考えですか?
言語学者だと考えています。私の研究手法には人類学的な要素も含まれています。それは島に宿泊施設がありませんでしたので、現地の人々と寝食を共にし、日々の接触と協調を通じて言語を学ぶ必要があったからです。実際に言語学の理論だけでは説明が難しい場合、言語現象を解明するために人類学的、あるいは社会学的なアプローチが有益なこともありました。しかし、私の主たる関心はあくまでも言語学にあります。
言語が消滅すると、
どれほどのものが失われるのでしょうか?
私たちは普段、言語を単なるコミュニケーションの道具と考えがちですが、すべての言語には、そのコミュニティの人々の長い歴史が映し出されています。言語は、人類がアフリカから世界へどのように移動したかを教えてくれますし、歴史や文化、祖先の知恵を体現する独自の表現を含んでいます。ですから、言語が一つ消えるということは、貴重な人類の歴史の一部が失われることを意味するのです。
既存の資料がほとんどない中で、
どのように研究を始めたのですか?
最初はありきたりながらインターネットや本で調べましたが、有益な情報は得られませんでした。そこで、ヴァヌアツに直接行って情報を得るのが最善だと判断しました。現地語の話者とコミュニケーションを取るには、ヴァヌアツの公用語であるビスラマ語を習得する必要があることに気づき、南太平洋大学の寮に1ヶ月滞在して、毎日市場に通い、人々が話すビスラマ語を聞きました。メモを取り、聞いた言葉を分析し、毎日ビスラマ語を使う練習をしました。その後、修士課程1年の時にヴァヌアツに戻り、未調査の言語を探すためにジャングルに入りました。また、ボートで小さな島も訪れました。そうして初めてツツバ語に出会ったのです。
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
ジャングルではガイドがいたのですか?
いいえ、一人で行きました。当時23歳くらいでした。もちろん少し怖かったのですが、それ以上にワクワクしていました。それまでの教科書には、誰かが発見したり研究したりした情報しか載っていません。「誰もまだ研究していないこと」「自分がオリジナルの研究をできる領域」があるなんて想像もしていませんでした。だから、とても刺激的だったのです。
フィールドワーク中、
どのような困難に直面しましたか?
常に一人で、判断材料となる知識や情報もほとんどないまま、すべてを自分で決めなければなりません。誰を信頼し、頼っていいのかもわかりませんでした。判断を誤れば深刻なリスクや結果を招く危険性があるため、すべての決断が重大でした。救助体制などない場所で、ジャングルを進み、ボートで島々を移動しなければなりません。誰にも知られずに死んでしまう可能性もありました。しかし大抵の場合、新しいことを探求する興奮と魅力が、恐怖心を克服させてくれました。
実際、死にかけたことがあるそうですね?
はい、熱帯熱マラリアとデング熱に同時に罹りました。ジャングルにいた時に異変を感じ、街の診療所までなんとかたどり着きました。無医村での経験豊富な看護師に「このままでは1週間以内に死ぬ」と宣告されました。当時はまだ若く、修士課程2年でした。あまりのショックに遺書を書いたほどです。
研究を始めた当初の最終目標は何でしたか?
辞書と文法書を作成してツツバ語を保存すること、そして少なくとも、遠隔地に息づく結晶化された先人の知恵を記録することでした。同時に、将来の言語学研究の発展に寄与するために、危機言語の一次データを忠実に記録することでした。
現在、新しい研究に取り組まれていますか?
はい、ツツバ語の研究は概ね完了しましたので、キリバス、ナウル、フィジー、ソロモン諸島など、オセアニアの他の未研究の国や地域へと対象を広げています。この夏からはキリバス語の研究も開始しました。そこでは地球温暖化により国土の水没が進行しています。もし人々が移住を余儀無くされれば、彼らの言語もまもなく失われる危機に瀕する可能性があります。
他の人々や言語を知るための研究を通じて、
ご自身について何を学びましたか?
予期せぬ出来事や窮地に立たされることの連続でしたが、自身には状況を注意深く理解しようとする粘り強い一面があることに気づきました。「意志あるところに道は開ける」と信じて、研究に対しても人生に対しても、常に前向きな姿勢でいるよう心がけています。
写真:20年にわたるヴァヌアツでのフィールドワーク。観察記録や研究データは、100冊を超えるノートに手書きで克明に記録されています。
内藤 真帆
幼い頃から冒険小説やミステリー小説を読むのが好きだった内藤真帆教授は、やがて研究者として現実の冒険に乗り出すことになりました。東京女子大学4年生の時、南太平洋に浮かぶ83の島々からなるヴァヌアツ共和国を初めて訪れました。20年以上にわたるヴァヌアツの伝統文化とツツバ語の研究において、手書きの観察記録や研究データはノート100冊以上に及びます。 2021年、東北大学大学院文学研究科の准教授に着任。2025年には、キャンパス内外のダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DEI)への貢献が認められ、本学の優れた女性研究者に贈られる「紫千代萩(むらさきせんだいはぎ)賞」を受賞しました。

Translation: Waka Kuchimachi
Romance
of
Research