材料で
世界を変える
気候変動、エネルギー需要とコストの増大、
食糧や安全な水の不足——
差し迫った課題を前に、
新たな材料の開発が急がれます。
材料科学に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
理由は、とても単純です。材料科学には、世界を変える力があるからです。気候変動に立ち向かうには、より低コストで環境負荷の少ないものづくりを可能にする新しい材料を開発していく必要があります。新しい触媒や電池、水素貯蔵材料は、より持続可能で、より豊かで、よりクリーンな未来への道を切り拓く鍵となります。私は、その未来を築く一翼を担いたいのです。
新しい触媒の探索に関する研究を数多くされていますが、
新たな触媒を見つけ出すことはなぜ重要なのでしょうか。
触媒は、その種類によってさまざまな役割を担います。たとえば、燃料電池の中で水素エネルギーを電気へと変換するものもあれば、水を分解して水素や酸素を生み出す反応を促すものもあります。こうした反応は、水から水素を取り出すことを可能にします。未来のグリーンエネルギーは、このような触媒反応によって支えられていくと考えられます。だからこそ、新しい触媒の発見が重要なのです。
また、二酸化炭素の削減においても、触媒は重要です。二酸化炭素の分子は非常に安定していて、そのままでは別の化合物へと変換することが容易ではありません。しかし、触媒を使うことで、より効率的に反応を起こすことができます。私の研究では、二酸化炭素を炭化水素や一酸化炭素のような有用な化学原料へと変換することができる新しい触媒を探し続けています。そうすれば、「排出物」として扱われていたものを、資源として再び産業で活用できるのです。
さらに、触媒は水処理にも貢献します。有害な化学物質を、毒性の低い、あるいは無毒の物質へと変えることで、水中の汚染物質を除去・低減し、無害化する効果もあります。
新しい材料の探索にAIを活用されていますが、
AIは材料科学という分野をどのように変えつつあるのでしょうか。
AIには大きな可能性を感じています。これまでの研究者たちは、目的に合った材料を見つけ出すために、何年も、ときには何十年もかけてきました。ある種類の材料がうまく働くかどうかを確かめるのに、生涯を費やす人も珍しくありませんでした。新しい材料の発見には、それほどの長い時間が必要で、それが当たり前でした。
しかし、今日私たちが直面する課題は、そんな悠長なペースを許してはくれません。気候変動、エネルギー需要とコストの高まり、食糧や安全な水の不足——こうした差し迫った課題に立ち向かうためには、産業を支える新たな材料をこれまで以上の速さで見つけ出す必要があります。AIはその実現を大きく加速させる力を持っていますし、だからこそ、AIに情熱を注ぐのです。
ただし、AIは万能ではありません。研究にAIを効果的に活用するためには、二つの重要な条件があります。一つ目は、質の高いデータベース。人間の脳と同じように、適切な情報を与えられなければ、AIは新しく正確な知識を生み出すことはできません。なので、私は質の高いデータベースの構築に多くの時間を費やしています。
二つ目に大切なのは、透明性のあるシステムを構築することです。AIは時として、中身の見えない「ブラックボックス」となり、誤った予測をすることがあります。ですから我々は、AIが何を予測するのかだけでなく、どのような過程を経てその予測に至ったのかを理解する必要があります。そうすることで初めて、AIのモデルを改良し、現実の世界をより正確に反映した、信頼できる研究成果につなげることができるのです。
データベースづくりの過程で「デジタル触媒プラットフォーム
(Digital Catalysis Platform)」の構想が生まれたのでしょうか。
データベースをつくるという発想に至ったのはもう何年も前のことです。影響力の大きなとある学術誌で、高性能新材料の論文を読んだのです。著者たちは「このような性能の高い素材の発見は初めてのことだ」としていましたが、私の中にはずっと「そんなことはないのではないか」という思いがありました。そして、それは当たっていたのです。その材料は、およそ30年前の論文ですでに報告されていたものでした。それ以来、私は過去の文献を大規模に掘り起こせるデータベースをつくりたいと考えるようになりました。そうすれば、人類が歴史を通じて積み上げてきた膨大な情報の宝庫をたどることができ、思い込みを減らすこともできます。
そして、新しいデータベースを求める私の探究は、そこで止まりませんでした。古い知見を見直すことは、新しい発見を生み出すことにもつながると気づいたのです。たとえば一般的には、一本の論文の中では、一つの材料について、一定の条件の下でその性質を測定します。しかし、同じ材料を異なる条件で調べた論文を10本、100本、1000本と集めれば、そこから新たに見えてくるものがあります。このデータベースを通して、古い知見を新しい洞察につなげることができるのです。
そして今、大規模言語モデルの発展によって、このデータベースを生かす新しい方法が生まれています。大規模モデル、計算基盤、データベース、そして物理学的な知見を統合することで、高性能で精密なAIエージェントを育てることができます。実世界のデータと物理学の枠組みを大規模なAIモデルと組み合わせれば、材料科学で精緻な解析と予測を行うために必要な精度に到達することができるのです。その進歩はあまりに大きく、もはや単なるデータベースではなく、身近に使える「デジタルインターフェース」に進化していると言えます。
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
研究において直面する最大の課題は何でしょうか。
研究の課題として思い浮かぶのは三つです。人材、実験のためのリソース、そして分野間の橋渡しです。一つずつ説明させてください。AIの「A」は、artificial(人工)の頭文字です。私はよく「人の努力がAIの成否を決める」と言っています。AIがどれほど急速に、目覚ましく進歩しても、結局のところ、実験を行い、文献を読み、アルゴリズムという道具を磨き上げる、経験を積んだ人間が必要です。しかし、そうした優れた研究者を採用するには、時間も多大な投資もかかります。大規模な実験の進展を阻むのは、たいてい、人材の不足なのです。
二つ目の課題は、ハードウェアに関わることです。AI研究は膨大なエネルギーを消費し、CPUとGPUを必要とします。その需要は絶えず増え続けます。どれだけ多くのCPU、GPUやハードウェアを買いそろえても、実験を行うには足りないこともあります。しかも装置は高価で、必要なリソースをまかなえない研究室もあります。
最後の課題は、AIを研究に統合することです。AIの専門家の多くは材料をよく知らず、その逆もまた然りです。専門家と、先端研究に携わる人々との間の壁を取り払うには、スムーズかつ効率的にコミュニケーションを取れる環境が必要です。ただ、これについては、私は楽観的です。一つ目の課題には人材が、二つ目には資金が必要ですが、三つ目に必要なのはコミュニケーションの最適化だけ。それは乗り越えられない難題ではありません。
中国、アメリカ、デンマーク、そして現在の日本と、
各地で暮らし、研究をされてきたそうですが、
日本で研究することの良さには、どのようなものがありますか。
日本の学術研究の環境で印象的なのは、失敗を前向きに受けとめるところです。失敗なくして、本当の進歩はありません。日本のことわざにもあるとおり、「失敗は成功のもと」です。日本は多くのノーベル賞受賞者を生み出していますが、その一因は、研究機関が「ゼロからイチ」を生み出す発想を支え、少しの改良にとどまらず大胆で独創的なアイデアを追い求めるよう、研究者を後押ししているからではないかと思います。
若い研究者にアドバイスはありますか。
AIを化学、材料科学などさまざまな分野に応用しようとする研究者にとって、大切になるのは情熱だと思います。研究は挫折なしには進めないもので、もどかしい思いをすることもありますが、若い人たちはそのことを恐れないでほしい。試行錯誤はどんな道のりにもつきもので、それは、AI研究の分野でも同じことです。
もう一つ、これからの若い研究者には、AIをめぐる過熱した期待に振り回されないように、と伝えたいです。先ほども述べたとおり、AIはそれを扱う人間の力量しだいです。AIは、完成された製品とみなすのではなく、改良し続けていくものだと捉えるべきです。過剰な期待を鵜呑みにすると、AIを自分たちの手で育てるチャンスを見失ってしまいます。
最後に、研究室の外では、どのような趣味をお持ちですか。
以前はバドミントンをよくしていましたが、今は忙しくて、なかなかできません。それでも、ときどき観光に出かけ、桜の季節を楽しんだり、年に一、二度は温泉に足を運んだりしています。サッカー観戦も大好きです。
写真:Hao Li の研究を支える数多くのCPU、GPUの一つにつながるケーブル。
李 昊
李昊教授は、材料科学高等研究所(AIMR)の主任研究者(PI)を務め、ディスティングイッシュトプロフェッサーとして、材料科学、触媒、数学、人工知能にまたがる学際的な研究を率いています。出発点は化学。そこに理論モデリングとデータサイエンス、AIによる材料探索を組み合わせ、持続可能なエネルギー材料の開発を加速させてきました。目指すのは、よりクリーンな化学プロセスや水素エネルギー技術、カーボンニュートラルを支える先進的な触媒の設計と、デジタル材料プラットフォームの構築です。テキサス大学オースティン校で化学の博士号を取得し、2022年に東北大学へ着任しました。
AIを取り入れた材料研究の先駆者として広く知られ、信頼性の高いデータベース、自律型AIエージェント、科学的発見を効率化する機械学習基盤などの開発で高い評価を得ています。自身のグループは、多くの論文のデータから有望な新材料を探し出すマルチエージェントAIワークフロー「DIVE」など、革新的なシステムを生み出してきました。2026年には、「デジタル触媒科学」の創出と、実環境で働く触媒理論の構築が評価され、科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞を受賞しました。Elsevier とスタンフォード大学がまとめる「世界で最も多く引用された研究者の上位2%」にも、複数回選ばれています。研究の枠を超え、AI・機械学習・データサイエンス・大規模言語モデルの最先端を分野横断的に扱う国際ジャーナル「AI Agent」では、創刊編集長を務めています。

Translation: Mindy Takamiya
Romance
of
Research