“流れ”に没入して
現実世界のデータは、
ノイズだらけなんです。
どのような研究をされているのですか。
一言でまとめるのは、ちょっと難しいですね。私は自分の研究を一つのかたまりではなく、旅のようなものだと思っているんです。一つのテーマから始めると、そこから別のテーマを調べたくなり、また次へ——という具合に続いていきます。たとえば私は、脳の血行動態のコンピュータシミュレーションから研究を始めました。血行動態とは、血液が動脈の中をどう流れるかを扱う分野で、医療機器の設計や患者さんの治療方針を考えるうえで欠かせません。血液の流れ方を正確にモデル化するには、条件を変えながら少なくとも1,000例、2,000例というシミュレーションを繰り返す必要があります。とにかく時間がかかる。かかりすぎなくらいです(笑)。そこでこの研究が、次のテーマにつながりました。人工知能(AI)でモデリングを自動化することです。プロジェクトは私の好奇心と一緒に、枝分かれしながら広がり続けています。
研究のなかで、AIはどんな役割を果たしているのでしょうか。
AIによる自動モデリングを最初に思いついたのは、実はうちの猫のおかげなんです! 仕事をしようとすると、猫がノートパソコンの上に乗りたがる。それで「うーん、猫をどかさずに仕事を終わらせるにはどうしたらいい?」と考えたのがきっかけでした(笑)。 私が使ったのは、どんな形の動脈を入力しても、1秒で血行動態のモデリング結果が返ってくるAIモデルです。動脈の形は患者さん一人ひとり違うので、AIがなければ、患者さんごとに一からモデルを作らなければなりません。
動脈の太さは、人によってそんなに違うものなのですか。
その太さや形のばらつきを描き出すことこそ、私の研究の大事なポイントなんです。たとえば、医療機器の安全性や有効性の基準は、ふつうアメリカの患者集団をもとに作られています。ところが、日本人の動脈の平均的な太さとは大きな開きがあります。点滴のようなものでさえ、実は日本人には使いにくいことがある。私たちの血管は、概してずっと細いからです。外国に行ったら、お店の服がどれも合わなかった——そんな感覚に近いですね。
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
Image courtesy of Tohoku University and Studio Xxingham
いま取り組んでいるのは、どのような研究ですか。
患者さんの実データを大量に集めるのは本当に大変です。そこで私たちは、「仮想患者」を使う研究プロジェクトを始めました。現実の患者集団を検査して得られるようなデータを、シミュレーションで生み出すのです——手間のかかる苦労なしに。これはとても有用なツールだと思います。医療機器を試験するとき、仮想患者のデータを使えば、さまざまなシナリオを短い時間で手軽に試せます。開発期間を縮められる可能性があるということは、機器をそれだけ早く患者さんのもとへ、あるいは臨床試験の次の段階へ届けられるということです。
この分野の大きな課題は何でしょうか。
仮想患者の話に戻ると、仮想患者が実際の患者さんを正確に表しているという裏付け(エビデンス)が必要です。いま私たちは、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)のご厚意で、1万人を超える人々のデータベースの実データと仮想患者を比較しています。ただ、ここで別の問題が顔を出します。モデルと違って、現実世界のデータはノイズだらけ。画像を一枚一枚手作業で確かめてノイズを取り除いていくのに、膨大な時間がかかるのです。
もう一つの課題は、モデルがどこまでできれば「十分」なのかを見極めることです。精度をどこまでも高めようという流れはありますが、きりがありません。完璧さを追いかける、終わりのない競争です。患者さんは一人ひとり違うので、モデルも一つひとつ変わりえます。同じ患者さんでも、血圧は時間帯によって変わります。そのすべての条件をシミュレーションすることは、到底できません。100%の完璧が理想なのは当然ですが、実際に何を実装できるのかについては、現実的でなければならないのです。
国際共同研究の機会はありましたか。
IFS-GCORE(統合流動科学国際研究教育センター)のもとに、世界中のさまざまな研究機関が集まっています。定期的なワークショップで研究発表の機会がありますし、国際会議も定期的に主催しているので、交流はとても活発です。 助教だった頃には、スイスのチューリッヒで1年半、研究する機会をいただきました。東北大学には、海外経験で若手研究者のキャリアの立ち上がりを後押ししたいという考えがあり、私はその機会に恵まれて、多くの国の研究者たちと机を並べて働きました。
最後に、研究以外の時間は、どんなことをして過ごすのがお好きですか。
私は根っからの「インドア」派です。家の中で心地よく過ごしながら、小説を読んだり、お裁縫などの手仕事をしたりするのが好きです。布で作る小さなお花から、大きなブランケットタペストリーまで——自分の手でものを作ることが大好きなんです。
写真:安西准教授が心を込めて手作りした、脳の動脈の模型。
安西 眸
安西眸准教授は、東北大学で学部から大学院までを過ごし、工学から出発して流体力学を専門とするようになりました。血行動態の計算モデルを軸に、AIによるモデリングや仮想患者データの活用など、新しい領域へと研究の幅を広げ続けています。新型コロナウイルスのパンデミック下で行った、咳による飛沫の拡散に関する研究は、感染拡大を防ぐ安全ガイドラインづくりに関わるものとして大きな注目を集めました。その研究は、世界中の患者を救いうる、互いにつながり合う無数のアイデアの道筋へと安西准教授を導いてきました——温かいノートパソコンのキーボードを今日も陣取る、甘えん坊の猫と心地よく付き合いながら。

Translation: Mindy Takamiya
Romance
of
Research